◇
逸見が捧げた感情は、忠誠心だけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
でも。
――誰のことを守りたいと言っているの?
喉元まで出かかったことは、過去に何度あったか。
あの二つの眼に映る歌音は、果たしてどのような姿を持っているのだろう。
守るべき主人、神聖なる存在。
そんなフィルターをかけたニセモノか、或いは張りぼてを、逸見は盲目的に見つめているだけだ。
尊ぶものを守り支えることだけを胸に、絶対の対象として扱ってくれる。
過剰なほど大切に、息苦しいほど大切に。
まる地上に在るすべてのもの中で、唯一の聖なる救世主(メシア)のように、大切にしてくれるのだ。
けれど、それは決して歌音ではない。
彼が作り出した虚像。
蜃気楼のように儚く、夢のように掴めない、理想像に過ぎない。
現実の歌音は、ただの人間だ。
逸見の何気ない一言に傷つき、僅かに空いた隙間に寂しさを抱き、真実に触れられぬことを何より悲しく思う。
逸見の親衛隊のことだってそうだ。
過去、何度となく制裁を繰り返されて来ても、彼に伝えないのは、親衛隊の面々の中に己の本音を見つけてしまったからである。
逸見をいいように使っている、立場を利用して縛り付けている、優しさに付け込んで恥ずかしくないのか。
投げつけられる糾弾はどれも、覚えのあるものばかり。
深層心理で何度となく抱いた自己嫌悪そのままだった。
忠誠を誓われ傅かれることを嘆くくせに、手放しもせず彼に守られている。
「命令」の一言で、渋る逸見に友人関係を強いている。
拒絶されないと確信しているからこそ、今、彼を遠ざけていられるのだ。
傲慢で身勝手で卑怯な己を、心の底から嫌悪し自嘲する。
そんな自分と決別したくて、歌音は親衛隊の生徒たちの罵倒を甘んじて受けていた。
彼らの弁をはっきりと否定できたとすれば、それは歌音が今の自分から脱却できた証。
胸に巣食う罪悪感の理由がなくなったからこそ、「違う」と言えるはず。
歌音は強い声と心で持って、いつかの日か醜悪な業を断ち切るのだと決意していた。
だから逸見に隠したままでいると言うのに、現実はどうだろう。
いくら心に決めているとは言え、未だに歌音は制裁を浴びている。
- 24 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]