「……」
「……」
「……」
「……あの、エリスくん」

居心地の悪い沈黙に堪え切れず、歌音は手にしていたハードカバーを閉じて、ソファに座ったこちらの、背後に控える男を振り返った。

「ご用でしょうか、歌音様」
「用って言うか、その、君もかけたらどうかな。ずっと立っていたら疲れちゃうでしょう」
「私のことなどお構いなく。気にかけて頂けて光栄です」
「……」

無機質な調子で辞退した相手に、ただでさえ滅入りそうな気持ちが、さらに暗く翳った。

逸見に代わってエリスを側近につけると、サルヴァトーレに話しを通したのは、歌音だった。

突然の展開に父は驚きを隠せなかったようだが、謹慎処分を課していた秀を見るや、表情を一変させた。

ファミリーを治める非情なボスの顔で、ことの仔細を問いただそうとした。

一体どのようなやり取りが交わされるのか。退室を命じられた歌音には、知りたくとも分からない。

自分から言い出した手前、素性の知れないエリスを連れて、自室へと戻った次第である。

もちろん、エリスを警戒してか、部屋の外には黒服が控えていたけれど。

歌音は、背後に立っているにも関わらず、空気のように存在感のない相手の存在感に、疲弊しきっていた。

再び本へと意識を戻したくとも、エリスの気配を感じては無理な話。

ふっと息を吐き出した途端、僅かに緩んだ意識の隙間から、するりと思考が抜け出した。

逸見は、どうしているのだろう。

今現在、もっとも気にかけてはならない相手に、脳内はあっさりと占拠されてしまった。

意図的に考えないようにしていたのに。

自身で切り捨てておきながら、何と厚顔なことだ。

彼にとって最大の攻撃となると理解していながら、歌音は側近の地位を剥奪したのだから、まったくひどい。

傷つけると分かった上で、エリスの手を取ったのだ。

でも、そうすることしか出来なかった。

あのときの逸見の誓いを聞いて、歌音が取るべき選択肢はたった一つきり。


―――この先の未来まで、俺は揺らがぬ忠誠心を持って歌音様をお守りする


残響が痛い。

ずっと前から分かっていたことなのに、今更突きつけられたくらいで、こうも簡単に悲鳴を上げてしまう自分が、情けないとも思う。




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