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失敗作。
否定したくとも、逸見に否定することは出来ない。
ずっと昔に言われ続け、今なお脳裏にこびり付いて消えないワード。
浴びた罵声が心に根を張り、一種の強迫観念となっているだけではない。
逸見自身、自分を「失敗作ではない」と断じるだけの、理由を持っていなかった。
それどころか、彼はその不名誉は正しいのではないかと、頭の片隅で考えてさえいた。
「己が劣っていることを、理解していないか?その忠誠心に揺らぎはないか?自分が歌音様のお傍にあることに、疑問を感じるはずだ。お前は」
「……っ」
そうだ。
疑問を感じなかったことなど、ありはしない。
付き纏う影のように、決して消えない不安な想いは、いっそ離れてしまえたらと思わせる。
自分の抱くこの感情が、ただの忠誠心ではないと気付いたときから、いつ歌音へ露見するかと思うと恐ろしくて堪らない。
自分は、誤魔化しているだけなのだ。
真実の心を。
「この先、歌音様を守り続けることが、お前に出来るわけがない。欠陥ばかりの失敗作に、歌音様の側近は務まらない」
エリスのナイフなど到底及ばぬ鋭利な刃が、振り下ろされた。
裂けた箇所から生ぬるいものが噴き上げ、身内いっぱいに広がって行く。
離れていた間の自分を、秀は見ていたようだった。
どうしてこうも簡単に、内心を言い当てられてしまう。
己の態度は、誰にも言えぬ真を隠してはいないのだろうか。
考えた途端、ゾッとした。
もしそうだとすれば、秀よりもずっと長く傍にいた「彼」が気付かないわけがない。
貼り付けただけの従者の仮面が、今にも剥がれ落ちそうな危機感に、叫びだしたい衝動が突き上げた。
「……お前に、何がわかる。傍にあることを疑問に思う?見当外れもいいところだな。俺が迷う理由がない。俺の存在は歌音様のためにある。存在理由は歌音様をお守りすることだ。絶対の主を守るためならば、この身などいくらでも捧げる覚悟は、ずっと昔から変わらない。いいか、二度と俺の存在理由を疑うな。不愉快だ。俺は歌音様のお傍を離れる気はないし、他の誰にもこの位置を譲るつもりはない。この先の未来まで、俺は揺らがぬ忠誠心を持って歌音様をお守りする」
両の拳にすべてを注ぐことで、逸見はどうにか平静を装った。
爪が掌の皮を破り、内側にぬめりを感じる。それでも、開くことは出来ないのだ。
捲くし立ててしまったこと。
「私」という一人称が崩れたこと。
外気に触れた彼の動揺は、この二つきりだった。
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