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例えそれが、ファミリーの掟に背くものだとしても、自分の信じる忠誠心に従って、歌音に相応しくない邪魔者を、消してしまう。
「秀、止まりなさいっ!」
叫んだのと、秀の動きが停止したのは、ほぼ同時だった。
彼の主は父であるサルヴァトーレただ一人だと分かっていたから、こちらの要求に従ってくれるかは賭けだった。
銃を懐に戻すや、秀は何事もなかったかのような風情で、歌音へと頭を下げる。
けれど止まったのは彼だけだ。
エリスは勿論、逸見だって止まらない。
どうにか第二撃もよけた逸見だったが、接近戦に銃は不利だ。
構える間に刺されてしまうのは明白だから、防戦一方になる。
急所狙いの正確な攻撃を、先ほどから紙一重でどうにかやり過ごす。
「やめ……」
叫びかけたストップを中断させたのは、歌音の中の迷いだった。
もしここで命令を下せば、エリスは大人しく従うだろう。
自分の側近になるために来日したくらいだ、無視するとは思えない。
けれど、歌音には彼を逸見の代わりに傍へ置く意思は、少しだってなかった。
ここで命令をしてしまえば、エリスの主になることを、受け入れたことになりかねない。
逸見を止めたところで、エリスが止まらなければ意味もなく、歌音には出来ることがなかった。
と、続く猛攻を避けるのに疲弊したのか、逸見の体勢が微かに崩れた。
がら空きになった胸のゾーンを、見逃してもらえるわけもなく。
エリスのナイフが、逸見の血潮を貪ろうと、動いた。
「逸見っ!」
衝動のまま動き出そうとした少年は、目の前の光景に驚いた。
秀の顔が苦々しく歪む。
「軌道が読みやすいから、こうなるんだ」
心臓目掛けて繰り出された切っ先を、受け止める銀の刃。
ボトムのポケットから、いつ取り出したのかは分からないバタフライナイフが、しっかりと敵の攻撃を防いでいる。
そして、エリスの眉間に押し付けられたのは、銃弾の発射口だった。
引き金にかかった指は、今にも死の鎌を振り下ろしそうだ。
勝敗は、誰が見ても分かる。
エリスは鋭い気迫で逸見を睨みつけるも、効果などありはしない。
ふっと鼻で笑われて終わりだ。
性格の悪い逸見の反応を見て、歌音は呆れ半分にほっと胸を撫で下ろした。
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