◇
顔を胸板へと押し付けられ、抱き込むようにして地面を転がる。
突然の事態になす術もない歌音の耳を、乾いた発砲音が叩くのは間もなくだった。
パンッ!と一つ鳴ったかと思えば、先ほどまでエリスのいた場所のレンガが小さく破裂する。
微細な破片が宙を舞う中、更にもう数発。
今度は秀の足元が弾け、彼はバッと後退しつつスーツの懐へと手を入れた。
「抜くな。この屋敷の中で、お前に銃を取り出す権利はないはずだ」
射抜くほどに怜悧な警告が、緊迫した世界に落とされた。
屋敷の方から静かに長い足を進めて来る男を、エリスに助け起こされる歌音は、ほっと安堵の思いで見つめた。
「逸見っ……」
「ご無事ですか、歌音様。遅くなり、申し訳ありません」
どこから持って来たのか、オートマチック拳銃を構えたまま、逸見 要は少年を見やった。
主の肩を抱く見慣れぬ異国の男に、不愉快を隠そうともせず、眉が寄せられる。
「そこの侵入者。殺されたくなければ、三秒以内に歌音様を解放しろ」
「………」
「日本語が分からないか?次は無能な頭に語学を叩き込んでから、この地を訪れるんだな。もっとも、二度目があればの話だが」
狙われているのが自分だと察知したエリスは、すぐに歌音から身を離した。
あっさりと歌音が解放されたことに、逸見は不可解そうだ。
相手の目的がまるで読めないのだろう。
よもや、逸見のポジションに取って代わろうとしている、秀の連れてきた側近候補だとは、夢にも思うまい。
「……歌音様、こちらへ」
逸見は警戒を緩めぬまま、歌音を呼び寄せた。
ことの展開を説明するため、彼のもとへ駆け寄ろうとした歌音は、しかし再び動き出した三人に足を止めざるを得なかった。
逸見の注意がエリスへと向いている隙に、秀は今度こそ銃を引き抜くと、素早く引き金を絞った。
空を裂いた弾丸は、容赦のない軌道を描く。
自分の実の息子へ取る仕打ちではない。
逸見は地面を蹴り被弾を免れると、秀同様。
肉親に向けるには冷た過ぎる殺気で、銃口を定める。
が、エリスの動きは風のようだった。
身を低くして逸見に接近すると、取り出したダガーナイフを一閃させた。
ぎりぎりのところで半身を逸らすも、距離が足りない。
間合いに入られたままだ。
そこに秀の銃が狙いをつける。
いけない。
秀は、本当に逸見を殺してしまう。
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