「本当に、そう思っていらっしゃいますか?アレが貴方様のお傍にあって、歌音様は心穏やかに、安堵することが出来ますか」
「愚問です。要が傍にいてくれて、僕がどれほど助かっているのか。何も知らない貴方に、口を出される謂(いわ)れはありません」
「本当に?要に傷を負わされたことが、ないと言い切れますか?」
「当然で……」

最後まで口にする前に、歌音の声はピタリと途切れた。

全身が瞬く間に硬直する。

鼓膜を揺らし脳へと伝達された指摘は、内容を噛み砕くや、心当たりを手繰り寄せてしまったのだ。

違う。

秀の言う「傷」と自分に刻まれた「傷」は別物だ。

だけど。

歌音には、衒(てら)うことなく否ととなえることは、無理だった。

フリーズしたこちらを注意深く観察する秀の目が、眇められた。

やはりと言った様子で、嘆息する。

違う、傷を負わされたことなどない。

身体に傷をつけられたことなど、ありはしない。

言いたいのに、見つけた数々の過去が、喉から先へ音を流すことを留めさせる。

「……歌音様はお優しい。あのようなものにまで、お慈悲をかけて下さる」
「………」
「ですが、それだけではファミリーを治めることは出来ません。時には切り捨てる非情さも必要です。優しさだけでは、名誉ある社会(オノラータ・ソチエタ)を生き抜くことは不可能ですよ」

サルヴァトーレは、マフィアの世界から退くと決めている。

すぐには無理でも、準備は進めているし、将来的にマルティーニ・ファミリーは企業の顔だけになる。

後継者の歌音が引き継ぐのは、マフィア組織ではないのだから、秀の助言は少々方向性が間違っていると言えた。

思い出したのは、ボスの決めたファミリーの方針に、秀だけが納得していないという事実だ。

彼は、これまで築き上げて来たマフィアの地位を、捨てることに対し消極的で、父とは意見の食い違いを生じさせていた。

「歌音様、御身のために申し上げるのです。アレをお捨て下さい」
「待って、下さい……。どうしてそんな……」
「貴方様には、要よりもずっと相応しい側近がおります。ようやく引き合わせることが出来る時期を迎えました」

秀は背後をちらりと見やった。

すっと木陰から姿を見せた新たな人影に、歌音は驚かずにはいられない。

今の今まで、この場には自分と秀以外の誰もいないと思っていたのに。

それほど、第三の人物は気配を感じさせなかったのである。




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