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「私の心に、ボスへの忠誠心以外のものは存在しません。私の骨も血も、ファミリーの頭領(カポ)たるサルヴァトーレ様に捧げたもの。仇なすことが、どうして出来ましょうか。ボスの命令に背いてまで、私が日本へ来たのは、すべてファミリーの未来のためです」
熱のこもった声と表情は、傾倒する神について語る信者を思わせた。
確かに、秀がサルヴァトーレへ反旗を翻すなどあり得ないだろう。
行き過ぎた忠誠心が、彼をあの半島へ閉じ込める事件を招いたのだ。
だからと言って、警戒を解くわけにはいかない。
意図の読めぬ言動に、かえって胸騒ぎがする。
「はっきりと、言って下さい」
警備の者はどうしたのだ。
秀が何かアクションを起こしたとき、自分ではとてもじゃないが止められない。
背筋を伝う汗が、気持ち悪かった。
「歌音様、あなたのお傍に要(かなめ)がいると聞き及びました」
「っ……」
「アレは失敗作です。御身をお守りするには、不十分。すぐにでもお捨て下さい」
「何をっ……」
「アレがお傍にいて、貴方様のお役に立てるとは思えません」
断言する男は、なんの含みも感じさせぬ口調だった。
歌音は沸きあがる憤りを感じた。
彼が何を言っているのか、分からない。
なぜ逸見が自分の傍にいてはならないのか。
役に立たないなどと、秀が決めることではないはずだ。
「逸見……要は優秀な人材です。ファミリーから離れても、僕の身の安全を第一に考え動いてくれています」
時にはそれが、痛みとなるほどに。
「ファミリーの中枢から外された貴方に、人事について口を出すことは赦されません。分をわきまえて下さい」
らしくもない攻撃の台詞には、逸見を侮辱されたことによる怒りが如実に現れていた。
親と言えども、彼を貶めるような発言を、見過ごすわけにはいかない。
職務に忠実すぎるほどに忠実な逸見。
歌音のために存在すると、言い切ることの出来る彼の能力が、疑われ否定される日が来るとは、考えもしなかった。
同時に、少しくらいこちらへ傾ける一途な感情を、緩めてくれてもいいのにと願う、自身の心を看破された居心地の悪さもあった。
「……人を呼びます。貴方はボスの命令に背いた。如何なる理由があっても、看過できません。厳正なる処罰を受けて下さい」
可能な限り冷ややかな音色で宣告した。
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