そろそろ護衛に気付かれる頃だ。

踵を返し、屋敷への道を戻りかける。

「歌音様」

突然の呼びかけに、心臓がドキリと跳ねた。

自分以外には、誰もいないと思っていたのに。

どこかで聞いたことがありそうな声に、僅かな引っかかりを覚えながら、歌音は背後を振り返り。

目を見開いた。

澄んだ水面を思わせる碧(あお)が、捉えた映像を凝視する。

「いつ……」

口にしかけた名前は、正しくない。

分かっていても、言わずにはいられぬほど、視線の先にいた相手は彼に似ていた。

通った鼻筋、底の読めぬ双眸、やや神経質にも見える端整な面は、自分のよく知る男よりも年齢を重ねている。

当然だ。

年が離れていなければおかしい。

「お久しぶりです、歌音様」

言って、片膝を地に着いたのは、逸見 秀。

逸見 要の父親だった。

驚愕に支配されたこちらに構わず、秀はしっかりと下げていた頭を持ち上げる。

「ご記憶にありませんか?お父上の片腕を務めていた逸見 秀にございます。……随分とご立派になられました。面差しなど、奥様によく似ていらっしゃる」
「どうして、あなたが……」

不自然に掠れた声が、自身の動揺を加速させそうだ。

まるで亡霊にでもあったかのように、歌音は二の腕が粟立つのを感じた。

現れるはずのない男が、今、眼前にいる。

「日本の土を踏んだのは十数年ぶりですが、このお屋敷は変わりありませんね。ですが、警備は少々甘くなったようです。後でボスに進言しておきましょう。我らのコーサ・ノストラをまとめる方々に、何かあっては遅いですから」

彼の物言いは、暗に屋敷の警戒網をかいくぐって来たことを教えていた。

内心の激しい高波を必死に鎮め、歌音は表情を改めた。

「……どうして、貴方がここにいるんです。本家に留まるよう、ボスから厳命されていたはずです」
「えぇ、その通りです。八年前の冬から、私はシチリアから出ることを赦されてはおりません」
「ならなぜ、日本にいるのですか。この別宅にボスがいることを知って?」

愛らしい面に見合わぬ厳しい糾弾の眼光を、秀は以外なほどに真っ直ぐな目で受け止めた。

長期に渡る軟禁処分を恨み、サルヴァトーレへと報復に出たのではないかと懸念した歌音に、後ろ暗いことなど何一つないと言わんばかりだ。




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