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どの国とのハーフか判別されにくい容姿を利用して、中学から入学した碌鳴ではイギリス人の姓を名乗り、サルヴァトーレとの血縁関係を隠している。
会長を務める穂積 真昼ならば、情報を掴んでいるかもしれないが、基本的には学院で自分の本当の家柄を知るのは、共に入学をした逸見だけだ。
彼は歌音の護衛のため、自らあの狭い箱庭の中にまで飛び込んで来たのだった。
何もそこまでしてくれなくて、よかったのに。
学院に入学していなければ、今頃サルヴァトーレの傍でファミリーの重要な仕事を任されていたかもしれない。
優秀な彼だ。
表の事業でも活躍したはず。
だが、実学を身に着ける機会を奪ったことを、申し訳なく思う反面、歌音は対極の思いも抱いていた。
そっと瞳を閉じれば、目蓋越しに感じる真夏の日差しに、くらりと酩酊感。
薄暗い世界が揺らぐ感覚に、暫時現実から乖離する。
唇が唱える、本音。
「帰りたい……」
どこに?
「学院に」
どうして?
声なき声との質疑応答は、すぐに打ち切られた。
目を開ければ、閉じる前と一つとして変化のない庭が広がっている。
あぁ、現実は変わらない。
どうしたって、変わらない。
痛感させられる。
真実は残酷なほどに真実で、主張する正しさが揺らぐことはないのだ。
主従関係。
歌音と逸見の「真実」は、これだった。
どれだけ時間を共にしようと、絶対的な定理は崩れてくれない。
むしろ、時を重ねれば重ねるほど、より強固になって行くような気さえする。
数年ぶりに正位置に戻ってみれば、逸見の双眸は以前よりもずっと強い輝きを放っていた。
崇高なものを見る目。
神聖なものを見る目。
触れれば何か、天罰でも下りそうだと、彼の眼は訴えた。
逸見が己を神聖視していると気付いたのは、果たしていつ頃の話だろうか。
それまでの歌音には縁のなかった同年代の少年と、友達になれると浮足立ったのも束の間、彼の瞳にはすでに生身の歌音など映ってはいなかった。
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