なぜ、自分はここにいるのだろう。

こっそりと広い庭へ出てきた少年は、オレンジ色の髪を掠めた微風に、ゆっくりと顔を上げた。

辺りには緑の葉を揺らす木々が植えられ、手入れのされた花壇も見受けられる。

イタリア本国にある本家の他、いくつか別宅を所有する父親の、日本の屋敷は嫌いではなかったはずだ。

国内でも有名な避暑地に、これだけ大きな敷地を確保できたおかげで、屋敷の周辺に人が訪れることはほとんどない。

人ごみがあまり得意でない歌音にとっては、自然のサウンドに浸れる空間は、非常に居心地のよいものだ。

けれど、今はその静けさが苦痛だった。

周辺環境に大差はないのに、学院とは違う張り詰めた静寂。

ピンッと張られた絹糸が、揺れればすぐに誰かが駆けつける。

異常はないかと神経を研ぎ澄ませている。

縦横に走る見えない警戒の網に、歌音は自分の自由まで奪われているように感じた。

息苦しい。

純粋に思う。

重い手足は水の中を進むようで、すぐに呼吸が乱れてしまう。

もっと早く動きたいのに、もっと自由でいたいのに。

マルティーニ・ファミリーのボスの子息ということで、無数の護衛の目がつくのは仕方がない。

それこそ昔からのことで慣れている。

こんなにも己の存在に不自由を覚える理由は、ずっと別のものだ。


――歌音様。


自分の側近である彼は、歌音のことをそう呼んだ。

畏まった態度で。

忠実な僕(しもべ)の眼で。

聖なる者の御名(みな)を口にするように、呼んだ。

そのとき歌音は、枠に収められたのである。

「違う、んだけどな……」

ぽつりと零した本心の欠片は、誰に拾われることもなく、足元の遊歩道へと落ちて行った。

逸見は歌音の側近だ。

世界的マフィアの一人息子という立場は、非常に危険なポジションで、いつ敵対組織の標的にされても不思議ではない。

このため、幼い頃から歌音には身辺を警護する側近が不可欠だった。




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