鼻腔を突く硝煙の匂い。

逸見は続けてトリガーを引き、容赦なくシルエットを打ち抜いた。

被弾するたびに、大きく身を揺らす的に、重ねるものは何であっただろう。

すべてを撃ちつくした男は、端整な面をあの笑みで飾った。

不遜とも言える、策略家染みた笑みで。

それはいつもより、ずっと凄惨な笑みだった。


膝を屈する相手は、最早この世界にただ一人しかいない。


彼を現実へと引き戻したのは、パチパチという拍手の音である。

「本当に、カナメは可愛げがないなぁ。もっと下手になっていると思ったのに。前よりも精度が上がったんじゃないか?」
「ボス……」

上階へ続く訓練場の戸口に立っていたのは、この邸宅の主人だ。

いつからそこにいたのか、サルヴァトーレは穏やかに口元を緩めながら、こちらへと歩を進めた。

まさか、見られていたのでは。

気まずい思いを表面に出すことなく、逸見は耳当てを取ると、至って真面目な顔つきで目礼をした。

が、相手は不満そうに顔を顰める。

「カナメ、カナメ。私のことは「ボス」じゃなくて、「社長」と呼んでくれないと」
「ですが、ここではボスでしょう。今回の来日は、ファミリーの方の仕事だと伺いました」
「まぁ、そうなんだけどね。でもほら。まっとうな仕事もしているんだから、「社長」って呼ばれたいんだよ」
「ファミリーの者しかいない場で、社長と呼ぶ気はありません」

にっこりと嘘くさい笑顔で応じれば、イタリアが誇るマフィアのボスは、少ししょんぼりとして見せた。

マルティーニ・ファミリー。

シチリアを拠点として活動している、イタリア三指に数えられる大規模組織の頭領(カポ)こそ、今逸見が向かい合っている男であり、あの天使のような歌音の父親である。

商才に恵まれたサルヴァトーレは、現在ではマフィアよりも企業経営者としての側面が強く、近々裏社会から足を洗うとも言われていた。

しかし、今はまだ国際的マフィアのボスであり、ファミリーはイタリア社会のみならずアメリカにまで根を張るコーサ・ノストラだ。

いくら正業が成功しているからと言って、「社長」と呼ぶことは出来ない。

「それより、どうなさったのですか?私にご用でも」
「あぁ、射撃場にいるって聞いてね。少し、話しておきたいことがあったんだ」

サルヴァトーレは、カウンターに置かれた逸見の銃に視線を落とした。

ひょいと持ち上げ、ふざけ半分に構えてみせる。もちろん、照準は的に向かっている。

対照的に、逸見は眉を寄せた。

自分に話があったのなら、先ほど顔を合わせたときにすればよかったはず。

わざわざ逸見が一人になった頃を見計らってやって来たのには、理由があるのだ。

「……歌音様には、内密に?」

問いかけに、サルヴァトーレから笑顔が消えた。

目じりにあったシワが消え、弧を描いた唇が引き結ばれる。

現れたのは、ゾッとするほど怜悧な無表情。

どれほどフランクに会話をして、家族同様に接してもらおうと、逸見はサルヴァトーレのこの顔を見るたびに、彼が生粋のマフィアであると実感した。

「話すか話さないか、それは君が決めるといい」
「どういう意味ですか」

選択を委ねられた逸見は、このとき鼓動が不気味な音を立てたことに気付いた。

もしいつの日か彼が、このときの出来事を振り返ることがあるのなら、寸前に脳内を占拠しかけた声が、虫の知らせであったと思うはずだ。

急速に覚えた喉の渇きに、焦燥を煽られる逸見へ、ボスは言った。

「シュウが、本家から消えた」




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