◆
うるさい。
うるさい、うるさい、うるさい。
過去の亡霊が、どうして今になって現れる。
どうして消え去ってはくれない。
逃がしてなどやるものか、そう言うつもりか。
それとも、自分が未だに囚われているだけなのだろうか。
額に浮かぶ脂汗、背筋を伝う冷ややかな一筋に、全身が総毛だった。
皮膚とグリップの間に、気色の悪い湿り気が生じる。
定めたはずの銃口が、小さくぶれる。
情けない有様に、声の主が嗤った気配がした。
――失敗作に何を言っても無駄か。
違う。
失敗作などではない。
言いたいのに、強く反論できない理由は、己の業のせいだ。
浅ましい、欲のせいだ。
呼吸が不規則になり始め、肩が上下に動き出す。
いけない、このままでは駄目だ。
戻ってしまう、忌むべき時間に。
捨てて来た、深い暗闇に。
鼓膜の更に向こう、抑揚乏しい男の囁きが、再び記憶を刺激しようとした。
――もう、大丈夫だよ。
「……!」
今にも吐き出される諦観を、かき消した一言。
高く澄んだ音色に、何かが吹き飛んだ。
黒く塗り潰されかけた視界が焦点を正し、干上がった口内が感覚を取り戻す。
内側に渦巻いた暗雲が、見る間に光に融けて行く。
それは、眩いほどに尊い声だった。
奇跡と言える、救済の手だった。
逸見にとって、何にも変えがたい存在。
ただ傍にあり、ただ盾となり、ただ剣でいたいと願う存在。
レンズの奥にある男の瞳が、明確な意思を持って的を見据えた。
「……お前の言葉など、必要ない」
引き金を、ひく。
銃声が響いたと思えば、次の瞬間には的の眉間に風穴が開いた。
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