うるさい。

うるさい、うるさい、うるさい。

過去の亡霊が、どうして今になって現れる。

どうして消え去ってはくれない。

逃がしてなどやるものか、そう言うつもりか。

それとも、自分が未だに囚われているだけなのだろうか。

額に浮かぶ脂汗、背筋を伝う冷ややかな一筋に、全身が総毛だった。

皮膚とグリップの間に、気色の悪い湿り気が生じる。

定めたはずの銃口が、小さくぶれる。

情けない有様に、声の主が嗤った気配がした。


――失敗作に何を言っても無駄か。


違う。

失敗作などではない。

言いたいのに、強く反論できない理由は、己の業のせいだ。

浅ましい、欲のせいだ。

呼吸が不規則になり始め、肩が上下に動き出す。

いけない、このままでは駄目だ。

戻ってしまう、忌むべき時間に。

捨てて来た、深い暗闇に。

鼓膜の更に向こう、抑揚乏しい男の囁きが、再び記憶を刺激しようとした。


――もう、大丈夫だよ。


「……!」

今にも吐き出される諦観を、かき消した一言。

高く澄んだ音色に、何かが吹き飛んだ。

黒く塗り潰されかけた視界が焦点を正し、干上がった口内が感覚を取り戻す。

内側に渦巻いた暗雲が、見る間に光に融けて行く。

それは、眩いほどに尊い声だった。

奇跡と言える、救済の手だった。

逸見にとって、何にも変えがたい存在。

ただ傍にあり、ただ盾となり、ただ剣でいたいと願う存在。

レンズの奥にある男の瞳が、明確な意思を持って的を見据えた。

「……お前の言葉など、必要ない」

引き金を、ひく。

銃声が響いたと思えば、次の瞬間には的の眉間に風穴が開いた。




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