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かたんっと音を立てた窓硝子に、少年は手元の書類に注いでいた目線を持ち上げた。
陽が伸びるまでまだ暫くの時間を要する二月。
六時ともなれば外はすっかり群青色で、外灯にはすでに穏やかな光りが灯っている。
室内との気温差でうっすらと曇った硝子越しに、ぼやけた灯りを見ていた長谷川 光は、再び音を立てた窓によって、屋外で吹き荒ぶ寒風に気付いた。
副会長のデスクから立ち上がり、今は無人の会長席に寄って行く。
その背後にある大窓の曇りを、行儀悪く手で拭えば、閑散とした煉瓦畳の並木道がよく見えた。
人の気配がまるでないのは当然だ。
碌鳴館の周辺には、平時から関係者以外は寄りつかないし、何より今日は日曜。
いつもは共に仕事をする面々も、今頃は終わり行く休日を満喫していることだろう。
光は窓に当てていた指を離して、背後を振り返った。
新しい主たちを得た執務室には、己以外に誰もいない。スタンドライトが点いているのも、光の席ばかりだ。
部屋の内も外も、他に誰の姿もなく、一人きり。
そのことを改めて認識したとき、ふっと胸に訪れたものがあった。
まるで、碌鳴館の外で枯れ葉を巻き上げる風が、心内にまで届いたようで、思わず息を詰める。
寂しい、なんて。
強襲した孤独感に苦笑を漏らすも、それは意外なほどに少年の胸を苛んで、上向いていた口角は間もなく真一文字に引き結ばれることになった。
自分はこんなにも情けない性格をしていただろうか。
これまで調査となれば、たった一人で任務をこなしていた。
もちろん、木崎のバックアップはあったけれど、それも必要最低限のこと。
単身潜入を繰り返していた自分にとって、一人など今さらのはずだ。
それなのに、どうしてこんなにも心細い気持ちになるのだろう。
答えを見つけるのに、長い時間は必要なかった。
光はもう、手に入れてしまったのだ。
この学院に来るまでは、持っていなかった大切なものを、たくさん。
例えばそれは、掛け替えのない友人であったり、学院を護りたいと思う感情であったり、己という確かな存在だったり。
他者との強い繋がりを得たことで、抱えきれないほどの宝物を手に入れた。
そうして光り輝く宝物は、少年の心を優しくあたたかな想いで満たしてくれたのである。
だから、寂しいという思いを抱いてしまうのだ。
否、抱くことが出来たと言うべきか。
己以外のものと関わりがあるからこそ、寂しさは感じることが出来るのだから。
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