「――どうしてこうなっていると思います、逸見さん」
「仁志の八つ当たりの結果だな」

昼間の日差しも遠い鬱蒼とした森の中、千影は自分をここまで連れて来た傍らの《狩人》に、呆然と問いかけた。

相手は「何を今さら」とでもいうように、簡潔な回答を寄越す。

そしてその回答は、千影にある一つのセリフを吐き出させた。

「ですよね」

綾瀬にフラれて傷心の仁志がとった行動。

それは綾瀬に夜食を提供した千影を、国から追放するという暴挙であった。

とはいっても、仁志の八つ当たりは今に始まったことではない。

国境の森への追放こそ初めてだが、今までにも様々な八つ当たりを受けている。

それこそ「今さら」な話だ。

「お前も大変だな」

気遣うような男に、千影は首を振った。

「どうせ数日もしたら、謝って来ますから。休暇と思って羽を伸ばすことにします」

恐らくは、根を詰めやすい千影を慮ってでもあるのだろう。

仁志は「八つ当たり」を理由に、千影を強制的に政務から遠ざけることがある。

すべては根を詰めやすい千影を想ってのことだと知っているからこそ、千影はいつも甘んじて仁志の「八つ当たり」を受け入れていた。

「……この国は変わっているな。仁志の馬鹿みたいな真似を許す一方で、魔力による完全な実力主義が布かれている。シビアなのか緩いのか、余所者の俺には掴みかねるな」
「あぁ、逸見さんは他国出身でしたよね」

《狩人》という《王》の護衛役を担うのが逸見 要である。

魔法の力に支配された碌鳴王国において、彼は希少な魔力を持たない他国の出だ。

「魔法よりも強き刃」と称される戦闘能力を評価されて、今の地位に抜擢された。

「魔法」という他国にはない独自の要素を持つがために、閉鎖的な碌鳴王国において、他国出身者が要職に就くのは極めて稀だった。

「この森はギリギリ碌鳴王国の領地だが、隣接する国は俺の出身国なんだ。碌鳴では特に重要視されていないようだが、俺の国ではこの森に「天使が出る」などと噂されていたな」
「天使、ですか」

それはまた、幻想的な。

言葉にしなかった部分までくみ取ったのか、逸見はくっと口角を吊り上げた。

「魔法の民にまで存在を疑われるとなると、信憑性もなにもあったものではないな」

露ほども信じていないだろうに、逸見はわざと残念がるような物言いをする。

《狩人》の性格の悪さに苦笑が漏れた。

――近くに王族保有の別荘がある

そう教えられて逸見と別れた千影は、暗い森の中を危なげなく進んでいった。

緑豊かな森は深く、どこまでも広がるようだ。

逸見に渡された地図を頼りに歩くものの、果たして道はあっているのか。

方向音痴というわけではなかったが、一向に目的地に辿りつかない事態に千影は不安を感じ始めた。




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