花蘭は事実を言っているに過ぎない。

普段の柊ならば、他人の弱みをいたぶるように挙げ連ねるような輩は無視一択。

「下手に実力あるから、誰にも打明けてないでしょう。イメージ固まってると大変だね、今さら素を見せたらどう思われるか」

だが、ここまで的確に不安を突かれては、常と同じく冷静でなどいられない。

自らの矜持を守るため、ドジの特性を隠し続けて来たものの、出来上がった偶像は完璧すぎて怖くなった。

寄せられる期待や理想を裏切れないと、いつからか隠す理由が変わっていた。

実際の自分と周囲からの評価が乖離すればするほど、秘密の露見に怯えるようになったのだ。

激情が表に出る前に、柊は箱を抱き上げ歩き出した。

腹を抱える男に背を向けて、平時よりも些か乱暴な足取りで研究所を目指す。

これ以上、花蘭の言葉を聞きたくない。

「ちょっ、ちょっと待ちなよ!」

それなのになぜ、追って来るのか。

冷静に考えれば、同僚と目的地が被るのは当然だ。

理屈の上では分かっているのに、納得がいかないのは、頭に血が昇っている証拠だろう。

肩を掴まれ、反射的に睨み上げる。

「……まだ、何か用か」
「いや、用って言うか。あのね、俺の話聞いてた?」
「侮辱の言葉を聞いていたか、の間違いだろう。よく確認できるな」
「そうじゃなくって、いやそうなんだけど!」

なぜか焦った様子で声を荒げる花蘭に、柊の眉が訝しげに寄る。

そのささやかな反応に目敏く気付くや、男は進行方向に回り込んだ。

「あの、さ、ドジなきみが運んでどうするの」
「何が言いたいか分からない。分かるように説明する気がないなら、今すぐそこをどけ」
「説明する気はあるよ! あるっていうか、気付けよ!」
「お前、いきなりどうした」

人の弱点を得意げに語っていたのは、本当にこの男だったか。

思わず疑ってしまうほど、花蘭の動揺はひどかった。

要領を得ない発言を、しどろもどろに繰り返されて、いい加減煩わしい。

「趣旨が明確になってから話しかけろ。邪魔だ、前が見えな――」
「あぁ、もう!」

遮るように吐き出された叫びに驚いたのと、腕の中から箱が消えたのは同時だった。

手に食い込む重さが失われ、呆気に取られて眼前の略奪者を凝視する。

「だから! ドジが運ぶくらいなら、俺が運ぶって言ってんの!」
「は?」

ぶつけられた言葉の意味が、さっぱり分からない。

混乱する柊の双眸は、そのとき意外なものを見た。

日に焼けた花蘭の肌に走る、仄かな朱色。

すぐに踵を返されてしまったが、見間違いではないはずだ。

確かに花蘭は赤面していた。

思いがけない出来事に稼働を止めていた思考回路が、数拍の後に動き出す。

柊は決して鈍くない。

自らの感情が表出することこそ少ないが、他人の心の機微を悟れない性質ではない。

むしろ、花蘭と同じく聡いと言っていいだろう。

「つまり……そういうこと、か?」

絶妙なタイミングで声をかけて来たのも。

わざとのようにドジを指摘したのも。

すべては危なっかしい柊に代わって、荷物を運ぶためではないか。

足早に遠ざかって行く背中は、饒舌であった寸前までと異なり沈黙を貫いている。

すべての答えは、追いついた先にあると気が付いて、柊は慌てて一歩を踏み出した。

その足が冗談のように床を滑るのは、言うまでもないこと。

花蘭が即座に引き返して来ることも、また同様に。


Fin.




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