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嫌味にも似たセリフを聞き流し、立ち上がった柊は荷物を拾い集める。
未使用の術札、データチップ、真新しい実験用の手袋に作業着、眠気覚ましの珈琲粉。
雑多な品々を、箱の中へと戻して行く。
「けど、きみさ。実はものすごーく、ドジでしょう?」
「失礼なことを言うな。生憎、覚えがない」
返した声は動揺していなかっただろうか。
自分の顔は表情が表れずらいと知っていても、図星を指されれば心配になる。
一見、涼しげな柊だったが、胸裏では激しい鼓動が鳴り響いていた。
花蘭は敏い。
軽薄な遊び人と言った印象の強い男だが、一度研究となれば態度は豹変。
秀でた分析力でアプローチ方法の問題点を見つけ出し、時には神楽ですら思いつかない新たな一手を提案する。
誰からも好かれ、幅広い人間と交友関係を保てているのも、すべては彼が冷静に状況を見極めているからに他ならない。
花蘭を警戒しているのは、見抜かれたくない欠点を有す、柊くらいのものだろう。
防衛本能から身を強張らせる柊に、相手は悠然と腕を組んで微笑みを深めた。
「ここの床、そんなに滑りやすい?」
「どういう意味だ」
「知ってた? 俺が目撃しただけでも、きみが転んだのって今週に入ってもう七回目だって」
柊は言葉を失くした。
昔から転ぶことが多かった。
家の鍵を失くすことも、財布を落とすことも、数えるのが億劫なほど繰り返して来た。
それで済めば不注意で片付けられたのに、怒らせてはならない相手の名前を間違えて覚えたり、上司に渡す重要書類にインク壺を倒したり、大がかりな実験で凡ミスをしたり。
自覚せずにはいられないほど、柊はドジだった。
けれど同時に、彼は怖ろしく有能でもあったのだ。
自らの失態を周囲に知られる前に処理し続けた。
それが果たせた理由の一端には、活用されない表情筋もあるだろう。
柊がドジである事実は隠蔽され、周りの人々は彼を完全無欠の実力者と認識している。
有能であるがために培われた自尊心が、自らの欠点の露見を回避させた結果だった。
まさか、見抜く者が現れるとは。
悪夢のような現実に、柊の頭はパニックを起こしかけた。
「最初見たときは目を疑ったね。あの柊くんがよ? 綺麗にすってーんだもん」
顔色に変化はないものの、脈打つ速度が上がって行く。
全身を廻る血が熱くなり、視界がぎゅっと狭くなる。
反論一つ出来ないでいるうちに、男はくすくすと笑い声さえ零し始めた。
「しかも、顔は無表情のまま。で、よくよく注意してみたら、結構そういうことあるし。他に誰も気付いてないのが、またおかしいよね」
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