既知との遭遇。
透明な朝日を受けて、その男の髪は繊細な色で煌めいていた。
「うるせぇ……」
現在、午前七時四十五分。
優美な校舎の外壁に、等間隔で並んだガラス窓の内側で、少年は不機嫌な呟きを漏らした。
ぷっくりと潤った薄ピンクの唇に、まったく似合わない乱雑な口調を窘める者は誰もいない。
閑散とした教室内には彼一人きりで、騒がしいのは屋外ばかりだ。
教室が真っ白なブレザー姿で埋め尽くされるのは、もうしばらく後のことだろう。
か細いと表現できる腕で頬杖をつきながら、彼は窓際最前列の己の席から、眼下に広がる不機嫌の理由を眺めていた。
五十嵐 桜。
名前だけ見れば少女と誤解を受けそうな彼の容姿は、これまた華やかな美少女と見紛うほど、愛らしくも美しいものだった。
日本人らしい有り触れた色彩ながら、絹糸のように滑らかな手触りと光沢を帯びた黒髪は、サイドばかりがやや長く、丁寧に造られた白い貌と見事なコントラストとなっている。
密度のある長い睫毛に飾られた大きな瞳には、強い意志が宿り決然としていた。
そんな彼の秀でた面は、朝のこの時間になると、決まって顰められるのだ。
西棟三階に位置する教室の窓際から、隔てるものなく見渡せる生徒寮と本校舎昇降口を繋ぐ煉瓦道。
群がる生徒たちの花道を、悠々と進む一行の先導者は、すらりと長い足をわざとゆっくりと動かして、左右に並ぶ生徒たちに魅力的な笑顔で手を振っている。
日本人ではあり得ないハニーゴールドの髪、先天的に白い肌とオリエンタルブルーの瞳。
小さな顔と頭身の高いバランスのとれた肢体は、異国の血を感じずにはいられない。
それでいて日本人らしさも感じさせる精緻に創られた面には、ここからでもはっきりと分かる、一部の隙もない完璧な微笑みが浮かんでいた。
彼の名前を桜は知らない。
ただ毎朝毎朝、パレードと呼ぶに相応しい登校劇の主催者にして主役ということ。
さらにはこの碌鳴学院における最高権力者――生徒会長様であることだけは知っていた。
「窓ふるえてんだよ、公害」
うんざりと吐き出された毒舌は、普段よりも随分と辛辣だ。
朝の弱い桜にとって、この時間の騒音は機嫌を損ねさせる以外のなにものでもない。
多くの生徒が歓声を上げているため、地上よりも随分と上にあるここへは、意味をなさない音の奔流として流れ込んでくる。
重い頭を甲高い声に突き刺され、愛らしい貌がどんどんと険悪な表情になっていく。
群衆の中、さっきから遅々として進んでいるように見えないハニーゴールドを睨みつけ、桜は「さっさと行ってしまえ!」と念じてみた。
次の瞬間に起こる出来事など、チラとも考えずに。
左右に並ぶ生徒たちを忙しなく見回していたオリエンタルブルーの双眸が、まるで何かに引き寄せられるが如く上方を仰ぎ。
「っ!?」
桜の瞳とかち合ったのだ。
確かに、姿を捉えられない距離ではない。
あの美しい生徒会長が、毎朝必ずパレードを行っているのを、毎朝必ず睨んでいれば、存在に気付かれていても何ら不思議なことはない。
けれど、これほどまっすぐに射抜かれるなんて、誰が思うだろうか。
地上の男と桜を隔てるものは、歓声に怯える頼りない窓ガラス一枚きり。
結んだ視線は僅かにも揺らがず、二人の交わりを阻むものは何もなかった。
時間としては、短かったはず。
互いが突然のハプニングに驚いたように硬直して、そうして先に動いたのは透き通る青の瞳。
にっこり。
緩やかな弧を口元に描き、柔らかに目を細めた綺麗な笑顔が、桜ただ一人に捧げられた。
品のある上質な笑みが、少年の大きな瞳を見開かせると同時に、時間を取り戻させる。
小さな体に見合わぬ大きな鼓動が、ドクンッと響く。
桜は。
心底不愉快そうに眉間にシワを寄せると、チッと派手な舌打ち。
「なに見てんだよ、コラ」
低い低い恫喝が、未だ誰もいない教室に落とされた。
つづく?
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