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この男の介入を組織に黙っていたところで、死体にランスの傷がついていれば事は露見する。
ならば、そのランスの傷すらも神楽が作ったものにすればいいだけの話だ。
思いもがけず抵抗にあったため、胸を突いてしまったと報告すれば、どうにか誤魔化せるだろう。
彼は神楽の組織に狙われず、神楽は無謀な戦いを挑まずに済む。
互いとって、最良の落としどころだ。
そう思った神楽は、ぶつかった視線の鋭さに息を呑んだ。
「自分の獲物をそう簡単に他人に貸せると思うか?」
「……つまり?」
「力づくで奪ってみろよ」
「っ!」
言うや、男は床を蹴った。
予備動作なしのアクションに反応が遅れ、鼻先を一閃した刃をぎりぎりで躱す。
そのまま間合い分の距離を取ろうとするも、眼前に迫った男の姿に喉が締まった。
キンッと甲高い金属音が室内を劈く。
両手のナイフでどうにか受け止めたものの、重い一撃に膝へ衝撃が走る。
殺し切れずに腕が震え、奥歯を噛みしめながら間近で炯々と輝く双眸を睨みつけた。
「……へぇ、そういう顔も出来るのか」
「くっ」
「つまんねぇ面してるより、ずっといい」
余裕の声音に、焦燥と苛立ちが湧く。
彼が何を言っているのか理解できない。
自身の窮地によって思考力が低下しているというわけではなく、本気でその意図も意味も理解できなかった。
「私の話を聞いていましたか? 貴方と戦いたくないと言っているんです」
「あぁ、聞いていた」
「なら退いてください。貴方に何のメリットがありますか。結果の見えたつまらない戦闘にっ!」
じりじりと刃との距離が縮むにつれて、男の端正な顔も間近になっていく。
明りが乏しいせいで気付かなかったが、彼の瞳は美しい翡翠だった。
宿る光りが捕食者のそれでなければ、きっと見惚れていただろう。
「相手、してほしいんじゃないのか」
「それを口にしたのは貴方だけですっ」
通じない会話に思わず語調を荒げたと同時に、グッと腕にかかる負荷が増した。
破られる!
ランスを受け止めていた二本のナイフが弾かれ、勢いに負けた神楽の華奢な身がバランスを崩す。
体勢を立て直す余裕はなく、背中から床に倒れ込む。
「っと、しっかりしろ」
「え……」
だが、予想したはずの衝撃も痛みも、終ぞ訪れることはなかった。
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