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窓から差し込む満月の冷たい光りが、ただでさえ血の気の引いた男の顔を、さらに青白く染める。

明りの落ちた室内で、その恐怖の表情はぽっかりと浮かび上がり、絶望に彩られた両眼がチカチカと不気味に瞬く。

男の視線の先にあるのは、こっくりとした濃密な闇。

怯える心に招かれたように、部屋の隅に蟠った奈落から、一つの影が抜け出した。

すらりとした影は人の形を取り、月明かりの下まで進み出る。

応じて、男は弾かれたように後ずさった。

「こんばんは、いい夜ですね」

耳に心地よい中低音で挨拶を述べたのは、一人の青年である。

まるで月光から生まれ落ちたかのような繊細な美貌に、緩やかな微笑を湛える様は優しげですらある。

だが、挨拶を受けた男は「ひっ……」と短い悲鳴を上げた。

美貌の青年――神楽は、憐憫すら誘う男の姿に胸中だけで息を吐いた。

命を狙われたくなければ、大人しく生きていればよかったのに。

まっとうな道でまっとうに日々を過ごしていれば、こうして神楽と向き合うことなど永遠になかったはずだ。

暗殺をされることなど、永遠になかったはずなのだ。

いざ、命の危険に直面するや、みっともなく震えて見せる男に呆れとも憐みともつかない感情が湧き上がる。

完全に気が削がれてしまう前に、仕事を終えることに決め、神楽は音もなく動き出した。

特段、早いわけでもないのに、いつの間にか眼前に迫った神楽に男は目を見開いた。

「待っ……」
「怯える必要はありません。苦痛を与えるようにとは、言われていませんから」

柔らかく告げ、手の内にどこからともなくナイフを出現させる。

月の輝きを冷たく弾く凶器を、最小限の動きで男の喉元に押し当て、動脈を撫でようとした。

刹那。

脇腹を中心に襲った衝撃に、神楽の細い体は人形のように吹き飛んだ。

壁に叩きつけられ、肺の中の呼気が無理やり押し出される。

「はっ……!」

堪らず咳き込むものの、即座に戦闘態勢を取った。

生理的な涙で歪む視界が最初に捉えたのは、寸前までは部屋になかった長身の男である。

鍛え上げられた体躯から醸し出される威圧感に、相当の手練れであると一瞬で理解させられる。

夜目の利く神楽には、逆光で陰った男の双眸がまっすぐに自分を射抜いているのが見えて、思わず息を呑んだ。

いったい、何がどうなっている。

今夜の標的の護衛は、すでに片づけたはず。

標的を殺そうとした神楽を、間一髪のところで蹴り飛ばした眼前の男は、果たして何者なのか。




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