F




着崩された軍服の襟元に、頬がぶつかった。

「な、にを」
「……文句の一つも出てこねぇのか」

耳元で舌打ちが鳴る。

まるで、神楽の無抵抗に苛立っているようだ。

神楽こそ舌打ちをしたい。

拒絶し続けてきた男の腕から、抜け出せない自分を。

間近に感じる体温に、伝い届く拍動に、安堵すらしている自分を。

心の底から嫌悪していると言うのに、神楽の瞼はゆっくりと下がって行く。

己を包み込む存在にすべてを委ね、預けてしまう。

「休み方を知らねぇ馬鹿なんて、お前くらいだ。神楽」

咎めるように囁かれた名前が、鼓膜を揺らした。

睦言の響きが傷ついた精神を癒し、最後まで残っていた理性を溶かす。

神楽は本能に従って、そっと碧の胸に顔を埋めた。

後悔するだろう。

正気に返った己は、果てのない自己嫌悪に陥るだろう。

けれど今は、それでもよかった。

「貴方のせいです」

すべては碧がいけない。

取り繕った仮面に欺かれてくれなかった碧が、疲弊しきった神楽に気付いてしまった碧が、すべて悪いのだ。

腰を抱く腕に力がこもった。

背中を覆う腕がさらに神楽を引き寄せた。

「休み方を知らないなら、俺が教えてやる。自分で休めないなら、俺が休ませてやる。だから……俺に心配させるな」

風が吹く。

緑の短髪を撫で、宵色の一房をさらう。

紅の軍服が翻り、蒼い草原に揺れる。

赤煉瓦の街を通り抜け、白亜の城を包んだ。

感情を押し込めた小さな懇願は、涼風に乗ることなく、神楽の内だけにゆっくりと落ちて行った。


fin.




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