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「待ってください。なぜ、こんなところに――」

言葉が途切れたのは、視界に飛び込んだ光景のせい。

丘の上からは、レッセンブルグの街並みが一望できたのだ。

堅くも美しい白亜の城壁に囲われた首都。

理路整然と区画分けされた市中を走る、メインストリート。

赤煉瓦のぬくもりに彩られた無数の建物が重なるように建ち並び、その中心地に佇むは優美な城。

イルビナ軍総本部。

軍事施設とは思えぬ外観は洗練されており、天を指す尖塔の頂きでは気高き紅の旗がたなびいている。

レッセンブルグに総本部があるのではなく、総本部がレッセンブルグという街を擁しているかのようだ。

神楽は息を詰めて、眼前の眺めに見入った。

街のすぐそばに、こんな場所があるなど知らなかった。

こんなにも美しい景色があるなど知らなかった。

展望がきくだけのことと理解はしているのに、あたたかなものが胸を満たす。

張りつめていた神経が解れ、肩から力が抜けて行く。

朝から浴び続けた恨み言が記憶から薄れ、面倒なだけの無意味な舌戦が滲んで消えた。

「お前、自分に出来ないことがあるって気付いてねぇだろ」

不意に言われ、神楽は常になく無防備な顔を傍らに向けた。

艶やかな微笑でも、感情を排した鉄面皮でもない、ありのままの表情だ。

遠く広がる街並みを見つめながら、碧は静かな声で続けた。

「他より出来ることが多いってだけで、お前は完璧じゃねぇよ。致命的な欠点がある」

自分を万能であると思ったことは一度としてない。

周囲からどれほど高い評価を受けようと、神楽は己の限界を知っている。

身の丈を超えることは出来ないのだと、理解しているのだ。

だが、「欠点」と指摘されるほど劣っている部分には、まるで心当たりがなかった。

出来ることに限界はあっても、常にその限界値に迫る働きをしている自負があったからだ。

「私にどんな欠点があると?」

侮辱されたと腹を立てるでもなく、神楽は純粋な想いで問うた。

大気を流す風が吹き抜け、葉擦れの音が耳を掠める。

煽られた宵色の髪が、虚空を踊る。

視界を遮るそれをかき分けようとした手は、碧の指先に絡め取られた。

視線がぶつかる。

「お前、自分で思ってるほど隠せてねぇんだよ」
「え……」
「お前は、自分を休めることが出来ない」

言われた内容を理解する前に、腕を引かれた。

抗う間もなく、神楽の身体は碧の胸へと吸い込まれる。




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