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いつの間にか集まっていた候補生たちが、ひそひそと囁きを交わし合う。

それらはすべて、醜態を晒した講師を苛むものだ。

相手が完全に硬直したのを確認すると、神楽は優雅な一礼をして歩みを再開させた。

噂通りの有能さを見せつけた少将の行く手を阻むものは、誰もいない。

ギャラリーたちは好奇や畏怖、尊敬の念を抱きながら道を開ける。

その一本道を先ほどと同じく早足で進みながら、神楽はひっそりと嘆息した。

三分間で相手が自分の愚行に気付くならば見逃すつもりだった。

どの分野であろうと、精霊学の主要な研究には神楽の名前が添えられている。

その事実を講師たちとて知っているはずなのに、嫉妬の炎は理性を焼いてしまうらしい。

少し殊勝な態度を取ってみせるだけで、絡んで来たすべての者が調子に乗った。

周囲の目がある場で、彼らがもっとも大切にしている「矜持」を叩き壊してやったのは、身の程を弁えさせるため。

自分たちが楯突いた人間が、果たしてどの立場にいるものなのか、再認識させるためだった。

ようやく学舎を出ると、すでに日は中天に上っていた。

神楽の授業は午前のもっとも早い時間に開講されたのだから、本来なら当の昔に総本部に戻っていたはず。

余計な時間を取ったと痛感するや、一気に疲労が押し寄せる。

乗り合いバスを利用するのは好きじゃないが、ここから総本部までの道のりを徒歩で行くのは億劫だ。

待っている間にまた誰かに捕まったらと思えば、迎えを呼ぶのも躊躇われる。

致し方あるまい、と覚悟を決めて、噴水広場に繋がる大階段を下りて行く。

そのままバスの停留所に向かおうとしたときだった。

「おい、どこに行くつもりだ」

少将を呼び止めたのは、馴染み深いと言えるほどに聞き慣れた低音。

声の主を瞬時に察するや、神楽はぎょっと目を瞠って振り返った。

噴水の傍らに停めた軍の装甲自動二輪に凭れているのは、学校と言う場で遭遇するはずのない人物。

神楽の知る中で、もっとも学問から縁遠い男、碧だった。

「こんなところで、何をしているんです」

驚愕のままに疑問が口をつくが、答えは聞くまでもない。

大方、帰りの遅い神楽を呼び戻すために、火澄が手配したのだろう。

案の定、予想通りのセリフが返された。

「火澄の命令だ。どこで油売ってたんだ、お前」
「ご面倒をお掛けして、申し訳ありません。まさか貴方が来て下さるとは思いませんでした」

大人しく頭を下げると、相手は少し意外そうな表情をした。

探るように見つめられ、疑問符が湧く。

「なにか?」
「……お前、元は研究者なんだろ。軍人やってるより、勉強教えてる方が合ってんじゃねぇのか」
「貴方からすれば、研究者も教師も大差ないんですね。私には務まりませんよ」




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