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次第に苛烈になって行く言葉は、つい先ほど別の講師に投げつけられたものと大差ない。

若くして研究者としても軍人としても成功している神楽を、妬み羨み蔑む文言だ。

講義自体は随分と前に終了したにも関わらず、神楽が未だ、学内から出られていない理由。

それは身の程を知らずに悪意をぶつけて来る、教職員たちのせいである。

彼らがエリート軍人を目指して士官学校で学んでいた当時、すでに軍の関連研究所に所属していた神楽は火澄直々にスカウトされた。

士官学校を出ずに将校にまで上り詰めた神楽は、出世コースから外れたが為に講師をしている彼らにとって、憎悪を覚えずにはいられない存在なのだ。

大人しい神楽の態度に、相手はさらに語調を激しくする。

今やその発言内容は、子供の悪口と変わらない。

若輩者で力の弱い翔庵家の末弟と言えども、神楽は軍事国家イルビナの少将であり、高名な研究者でもある。

それほどの肩書があれば、たかだか士官学校の講師を相手に謙る必要性は皆無。

軍の宣伝活動という目的を優先するにしても、些か不自然だ。

神楽は言いがかりの開始からきっちり三分を待ってから、心内の嘲笑を表に出した。

「つまり私が言いたいのは――」
「まだまだ未熟な私に、ご教授して下さるのは大変有り難いのですが、時間です。貴方の専門で構いませんから、もっと有意義な会話をしませんか」
「は?」

突然、態度を豹変させた麗人に、得意げに言を連ねていた男は唖然となる。

何を言われたのか理解できていない相手の思考回路を、強制的に動かした。

「感情的な話をしたところで、意味も果てもないでしょう」
「なっ! そ、それはどういう意味だ。私が君を妬んで感情的に言いがかりをつけているとでも?」
「解釈は人それぞれですが、私の意図するところは理解して頂けたようですね。否定されるのならば、教えて頂けませんか。今日の私の講義を聞いて、貴方が「甘い」と感じた点を」

神楽は艶やかな唇を蠱惑的に釣り上げ、誘うような上目で相手を射抜いた。

華奢な身からふわりっと溢れ出す美しくも妖しい冷気に、講師はこれ見よがしに慄いた。

今更ながらに、自分が誰を相手にしているのか気付いたらしい。

冷や汗を流しながら後ずさる姿は、滑稽ですらあった。

「あ、生憎と私の専門は近代精霊学でね、君の分野とは些か異なる」
「えぇ、ですから貴方の専門で構いません。私の講義の欠点を指摘出来ないのならば、貴方の分野に問題点を引っ張ってもいいんですよ。貴方の研究を話して下さっても、ね」
「いくら君が優秀でも、私たちほど専門的なレベルになれば共通項だけで会話は出来ないよ」
「そうでしょうね」

あっさりと同意をした神楽に、相手は一つの仮定を導き出す。

ただでさえ血の気の引いていた顔が、完全に色を失くした。

「私のことでしたらご心配なく。精霊学、と名のつくものでしたら、一通り修めています。どうぞ、存分に貴方のフィールドで論じてください」

そのすべてを、論破するまでです。

言外に告げた最後通牒に、相手のプライドが粉々に砕け散る音が聞こえた。




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