B




鬼気迫る勢いで背後を取られたと思えば、凄まじい力で飛び付かれたのだから、条件反射で投げ飛ばしそうなもの。

武道を嗜む人間なのだから尚更だ。

ビシリッと凍りついたように動きを止めたのは、服越しに体温を感じる相手が、彼の想い人であったからだろうか。

「は、せがわ……?」

絞り出すような声に呼ばれて、光はハッと我に返った。

自分がどんな奇行をはたらいたのかは、考えずとも明らかである。

「あ、あのですね、実はここ一帯に……」

しどろもどろになりながらも、どうにか仁志の落とし穴について説明をしようとした光は、しかしもぞもぞと光の腕から逃げ出そうとする男に気付いて、慌てて彼の腹部に回した腕へ力を込めた。

「駄目です、動かないで下さい」
「お、おいっ」
「もう少し、このままで」

懇願に近い声になるのも当然だ。

後少しでも前に出たら、穂積はまっさかさま。

いつでも完璧な彼の美貌が、情けないことになってしまう。

それだけは絶対に阻止しなければ。

きゅっと力の入った光の手に、穂積が自分のそれを重ねていいものか、場違いな考えを廻らせていることも。

興味本位で作りまくった落とし穴が、こんなカオスな展開を生み出したことに恐れをなして、仁志がいつ逃げ出そうかタイミングを図っていることも。

穂積を救えたことにホッと胸を撫で下ろした光には、知るよしもなかった。


終われ。




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