美しい魔物。




闇の凝った裏道は一般市民が歩くには向かない。

日暮れ前でも油断は出来ず、夜の帳が降りて久しい時分ともなれば尚更だ。

複雑に入り組んだ暗く狭い道には、不穏な店ばかりが立ち並ぶ。

違法商店、地下賭博場、不衛生な安宿と堕胎専門の闇診療所。

もっとも多いのは、柄の悪い輩で賑わう酒場だろう。

その酒場は裏道の片隅で息を潜めるように佇んでいた。

今夜も脛に傷のある荒くれ者たちの馬鹿笑いで店内は喧しい。

カードに興じるテーブルを横目で眺めていた男は、上等のジンを煽るとカウンターの店主に赤ら顔を向けた。

「ここだけはいつ来たって変わらねぇな」

男はグラスを振って、さらにいい酒を注文する。

小汚い身なりの割に、懐はあたたかいようだ。

これみよがしに腰から下げられた袋が、カチャリと金貨の音を立てる。

髭面の店主は店で一番高価な酒を注ぎながら会話に応じた。

「うちの店どころか、この街だってそうそう変わるもんか。俺やあんたのような人間には、生きやすいことこの上ない楽園さ」

薄く嗤った店主に、しかし男はジロリと険のある視線を投げた。

「しらばっくれてんじゃねぇぞ。久々に来てみりゃ何だ、あの検問はよ」
「検問?」
「そうさ。南門の役人はちょっと金を握らせれば、積み荷を調べたりしなかったってのに……いつの間に軍が出張って来たんだ」

男は忌々しげに吐き捨てると、注がれたばかりの酒を勢いよく飲み干した。

カウンターに叩きつけられたグラスが、こんっと音を立てる。空になったそこに、渋面を作った店主が瓶を傾けた。

琥珀色が満ちて行く様を睨みつけながら、男は愚痴を垂れ流す。

「あいつら、俺が金をチラつかせてもまったく乗って来ねぇ。おかしいだろ?前なら喜んで目ぇ瞑った汚職軍人のくせに、今さらまともに仕事しやがる」
「とうとう南門にまで軍が出て来たのか……。けど、ここにいるってことはバレなかったんだろう」
「小麦袋の中に隠していたからな。どうにかサバくことは出来たけどよ、この先も同じ手が通じるとは思えねぇ。一体この街はどうなっちまったんだ?この犯罪都市が、お綺麗な顔しやがるなんて世も末だぜ!」

酔いが回って気分が高揚したのか、男は信仰する神に裏切られた信徒のように悲鳴を上げた。

困惑を紛らわそうと、またしても一気にグラスを空ける。

せっかくのいい酒も、今の彼には普段口にする安酒と大した差はないのだろう。

店主はしなびた紙巻きたばこを銜えると、気の毒げに言った。

「あんた、本当にこの街は久しぶりなんだな」
「あ?あぁ、半年ほど東で稼いでたんだ」
「なら知らないのも無理はねぇか」
「なんだよっ、何があったって言うんだ!」

もったいぶった言い回しに焦れて、男はまた語調を荒げる。

自分が街を出ていた間に、恐ろしい魔物が入り込んでしまったのではないか。

悪の都を正そうとする魔物が。

淀んだ目の底に不安の色を滲ませる男に、店主は紫煙を吐き出しながら教えてやった。




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