序章:声なき懺悔。
猛然と突き進む数多の足音は、まるで地鳴りのようだ。
蓄積され続けた憤りをぶつけるように、石畳の道を力強く踏みつけ、暗く重い踵の音を重ねて行く。
人々から噴き上がる怒りは肌を焦がす熱気となり、群衆の行進する大通りから入り組んだ路地裏にまで激情を浸透させる。
誰の頭からも現実と理性が焼け消えて、過剰なほどに燃え上がった怒気が視界を眩ませる。
それは異様な光景だった。
数百の人間が断罪の意志で統一され、怒りに歪んだ形相で口々に咆哮を上げる。
裁きを、裁きを、裁きを。
唯一つの首を目指し大通りを行く姿は、見えざる奇術師に繰られた人形のようだ。
軒を連ねる四階建ての木造商店を見上げた先には、運河の如く細長く切り取られた曇天。
その重く垂れこめた暗雲のさらに上で、不可視の操り糸を動かす黒い人影があったとて、不思議ではない。
少しの乱れも綻びもない純然たる憤怒の念だけが、人々を満たし支配していた。
淀んだ空に稲光が走る。
遅れて大気を揺らした音色は、悪魔の嘲笑を彷彿させた。
窓の内側で不気味な行進隊を見ていた少年は、ビクリと肩を跳ね上げた。
血の気が引いたあどけない幼顔は白を通り越して真っ青だ。
プラチナブロンドの髪の下にある緑の瞳は、見開かれたまま恐怖で凍りついている。
窓枠にかけた指先も、棒立ちになった両足も、教会の天使像の如く硬直している。
その中で唯一動いていたのは、乾燥してひび割れた小さな唇だった。
あまりの恐ろしさに、ぶるぶると戦慄きながらも、休むことなくその唇は動き続けていた。
だが、呪詛のように繰り返される言葉は、誰の耳にも届かなかった。
完璧に閉ざされた喉は少年の声が表出することを認めず、微かな呻きすら漏らさない。
吐き出されるのは、頼りない呼気ばかりだ。
少年は自分の声が出ていないことに気付いているのかいないのか。
ただひたすらに色の失い唇を動かして、一つの言葉を唱えていた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
もしもこのとき、彼の声道が正しく機能していたのなら、痛ましいほどの絶望が叫ばれていたに違いない。
背負いきれぬ罪に怯え惑う、咎人の叫びが。
再び暗黒の空に閃光が走り、魔の眷属の笑い声が街に響き渡る。
まるで少年の懺悔を、嘲るようだった。
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