第一被害者。




男たちの不穏な視線に送られ酒場を出るや、背後の水無月が大きく息を吐き出した。

その甘く整った面を険しくさせ、疲労と緊張の滲む声で言う。

「とんでもないネタ、掴んじゃいましたね」
「……」
「まさか【残響】のボスが変態だったなんて……って、ちょっと置いて行かないで下さいよ!」

部下の戯言を最後まで聞かずに、紡は南地区の出口に向けて歩き出した。

慌てて追いかけて来る水無月を、顧みることなく冷やかに言い放つ。

「てめぇの冗談に付き合ってる暇はない」
「ちょっとくらい許して下さいよ! 俺は大佐と違って、鋼の心臓は持ってないんです」

丸腰でヴィレンの隠れ家に踏み込んだのだ。

しかも対峙した相手は、組織のボス。

怪我一つなく出て来られたのは、奇跡に近い。

水無月の言い分を否定するつもりはないが、相手をする余裕がないのも事実だった。

「俺がどれだけ驚いたか分かります?」
「絡まれた俺が一番ビビったっての」
「そっちじゃありません。一体いつ、犯人の特徴を掴んだんですか」
「俺の顔は、色んなヤツに人気なんだよ」

あながち嘘ではなかったが、水無月からは不満げな声が上がった。

それを黙殺して、紡は足を速めた。

「頬の傷」という身体的特徴は、被疑者を探す上で重要な手がかりとなる。

それはヴィレンにとっても同じこと。

恭夜は縄張りを荒らした犯人を捕まえるべく、即座に行動を起こすだろう。

自らの部下を動かすのか、他の組織に情報を売るのか。

どちらにせよ、彼らに先を越されたら、事件解決は絶望的だ。

被疑者の死体が見つかれば御の字である。

『残響』との接触は、紡たちに新たな手がかりをもたらした。

しかし同時に、今まで以上に被疑者の確保を急がねばならなくなった。

己の判断を悔いるつもりは毛頭ないが、面倒極まりない事態につい舌打ちが出た。

足早に南地区を抜け出し、行政機関が建ち並ぶ西地区に入る。

警察軍の庁舎に戻って来たのは、それから半時ほど後のことだった。

「一件目の被害者は、ヤクの売人……ですか」

捜査室に居残っていた珠羅は、どこか納得した様子で頷いた。

その手には、一件目の爆破現場を写した写真がある。

「実はあたしも気になっていたんですよ、現場が綺麗過ぎるってね」
「は? 綺麗?」

現場は裏道のごみ捨て場だ。

お世辞にも綺麗とは言えない。

首を傾げる水無月に、珠羅は写真の一点を指差した。

「周囲の壁ですよ、爆破の汚れしかついていないでしょう」

路地を挟む石造りの外壁は、広範囲に渡って煤けている。

焼け残ったごみが四方に飛散してはいるものの、目立つ汚れはそれくらいだ。

しかも、壁にへばりついたごみは、どうやら生ごみばかりらしい。

この辺りに住む連中が、律儀に分別をするだろうか。

「大体、なんだってこんなに片付いているんです? この道なら、空箱の一つでも転がっているもんでしょう」

打ち捨てられたガラクタの山、吐しゃ物や糞尿、野良猫やネズミの死骸など。

裏道を歩けば必ず目にする「汚れ」が、この写真にはどこにもない。

いくら焼け焦げたと言っても、その名残すら見当たらないのは不自然だ。

「じゃあ、やっぱり被害者が――」
「あぁ、出ている」

顔を上げた水無月に、紡はきっぱりと言い切った。




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