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ヴィレンには似つかわしくない、愛嬌のある男だ。
しかし、ライはすぐに唇を尖らせて不満顔を作った。
ぎゅっと目を眇めて、紡の傍らを睨みつける。
「水無月、話が違うじゃねぇかよ!」
「何のことだよ」
「昨日、聞いただろ。お前の上司はどんなヤツかって」
「人の忠告を聞かない我が道を行く女王様……。ほら、教えた通りだ」
「美人とは言わなかったじゃねぇか!」
「外見について教えろとは言われてないぞ」
部下とヴィレンの気安い会話に、紡は小さく首を傾げた。
「知り合いか?」
「飲み仲間です。ヴィレンだとは知っていたので、今回の繋ぎを頼みました。まさか、【残響】の構成員だとは思いませんでしたが」
与えられた返答に眉を顰めるより早く、水無月が続ける。
「大丈夫です。賄賂は貰っていませんし、情報を引き出すような真似もされていません」
「……何でだ?」
それは水無月と言うよりもライに向けた問いだった。
犯罪者が軍人に近づく目的と言えば、賄賂か情報収集のどちらかに限られる。
水無月が問題ないと言うのなら、ライは実際なにも仕掛けなかったのだろうが、その理由が分からない。
意味もなく水無月と接触をしたとは信じられなかった。
だが、ライは疑問を抱いた紡こそ疑問、というように。
「何でって、ただの飲み仲間だからに決まってるだろ」
「決まってる、のか?」
「おう、決まってんだよ」
いとも簡単に言い切った。
偽りの気配を微塵も感じさせない堂々とした態度に、真意を計ろうとしていた紡も納得させられてしまう。
どうやら彼は、自分の知るヴィレンとは少々異なるらしい。
興味を惹かれて金髪頭を見つめていると、それを妨害するように毒を孕んだ低音が意識に割り込んだ。
「ライ、少し黙っていろ。わざわざ司令官殿がいらしたのは、無駄話をするためではないだろうからな」
「はいはい、ボス」
大人しく命令に従うライから声の主へと視線を移せば、暗黒の瞳が待ち構えていた。
緩やかな弧を描く唇とは対照的な酷薄な色に、軍服の下で心臓がドクリと脈を打つ。
先ほどから予想はついていたが、やはり恭夜が【残響】の頭領らしい。
小規模とはいえ、一組織のボスに君臨するには些か若い。
何か特殊な事情があるのか、年齢など問題にもならぬほどの実力者なのか。
紡にはどちらの理由も当てはまっているように思えた。
「椅子を勧めるのは無駄かな?」
「あぁ、時間の浪費だ」
「それは残念。司令官殿とは腰を落ち着けてゆっくりと話をしたかったのだが」
「無駄話をしに来たわけじゃないんだ」
嫌味をそのまま返せば、恭夜は面白そうに喉を震わせた。
「なるほど、司令官殿はご多忙か。ではさっそくだが、用向きを聞こう」
本題を切り出され、紡は密かに深呼吸をした。
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