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間近で見れば男の容姿の優れていることを、より深く実感する。
隙のない面立ちは至極端正で、薄い唇に刷いた緩やかな微笑が危うい色香を醸し出している。
愉悦の光りを湛えた両眼は、奈落の底を彷彿とさせる冷やかな暗黒だ。
水無月ほどではないが長身の逞しい体躯をしており、甘い芳香に釣られた獲物を破滅へと叩き落とすのが容易に知れた。
危険な男だ。
そう結論付けたとき。
「しかし、予想以上に美人だな」
男はすっと身を屈めると、プラチナブロンドから覗く紡の耳殻に唇を寄せた。
甘やかなテノールが、鼓膜を揺らす。
「いくらで足を開く?」
紡はゆっくりと視線を動かした。
至近距離で嗤う男の眼には、嘲弄の意思が見て取れる。
たった二人で敵の拠点に乗り込んで来た愚かな軍人を、侮り蔑むが故の暴言だ。
「ってめ……!」
上官への侮辱に堪え切れず、水無月が拳を握った。
それを止めたのは、一瞬で臨戦態勢に入った金髪の男でも余裕を崩さぬ発言者でもなく、凛とした中低音。
「生憎、ヴィレンの財布で買えるほど安い体じゃない」
怒りも動揺も窺えぬ、紡の声だった。
一歩も退かぬまま対面を見据えれば、相手は僅かに目を瞠る。
「牢の格子越しに話すくらいなら、してやらないこともないけどな。どうする?」
挑むように続けたセリフに、先ほどとは別の理由で水無月の頬が強張った。
何が相手の悋気に障るか読めない現状で、暗に逮捕を告げたのだ。
相手が挑発に乗れば、武器を持たない紡たちは無事では済まない。
それでも、紡は舐められるわけにはいかなかった。
頑強な意思で煌々と輝くペリドットグリーンの瞳に見入っていた男は、ふっと口端を緩めた。
「二人だけで乗り込んで来るから、ただの能なしかと思っていたが……」
くすくすと笑い声を零しながら身を離すと、居住まいを正す。
「無礼を詫びよう、紡=真理司令官殿」
慇懃な謝罪と共に差し出された手を、紡は見ることもしなかった。
「特別捜査班の真里だ」
「同じく水無月です」
愛想の欠片もない簡潔な自己紹介に、男は軽く肩を竦めただけで握手の手を引っ込めた。
その整った顔には苛立ちの欠片すら窺えず、やはり余裕を感じさせる微笑が浮かんでいる。
「【残響】の恭夜だ。後ろのはライ」
恭夜の目配せを受けて、金髪の男がニッと笑顔になる。
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