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「邪推されるくらいなら、襲撃された方がずっといい。敵と認識してくれれば狙い通りだ」
「言ってることは分かりますけど、本当に襲われたらどうするんですか。大佐、丸腰ですよね?」
「そういう約束だからな」
危惧するようなセリフに、紡はいつもより軽い腰に手を当てた。
愛用の鞭が収められているホルスターは、今はない。
敵対する輩との会合時には、多くの場合、武装解除を要求される。
今回もご多分に漏れず、【残響】が面会の条件として武器の携帯を拒んだためだ。
「お前もだろ?」
「俺はもともと、武器に頼るような戦闘スタイルじゃないんで」
「悪かったな、武器に頼る非力な上司で」
「非力って、それウケ狙いですか? 腹抱えて笑うところ?」
「何かあったら俺が盾になります! って宣言するところだ」
「大佐が言うと冗談で済まなそうなんですけど!」
「よく分かったな、本気だ」
勢いよく振り返った水無月の抗議を、紡は満面の笑顔で迎え撃つ。
女性と見紛うような華やかな美貌は、威圧的な気迫を醸し出し有無を言わせない。
諦めの吐息が耳に届くのはすぐだった。
「……喜んで護衛させてもらいます」
「優秀な部下を持てて俺は幸せだな」
「えぇ、そうでしょうとも!」
にやりと口端を持ち上げれば、水無月は若干ヤケ気味な叫びを上げて、そのまま路地に並ぶ一軒の酒場の扉を押し開いた。
錆びた蝶番が耳障りな音をたて、ドアベルの役割を果たす。
狭い店内には幾人かの男たちがおり、突如現れた二人組の軍人に驚くこともせず鋭い眼光を向けて来た。
紡は店内をぐるりと見回して、納得したようにごちた。
「なるほど、ここはもう本拠地ってことか」
「それを言うなら、ここら一帯はぜんぶ本拠地です」
「……こんな場所に軍人が何の用だ?」
小声で話していると、カウンターにいた大柄の男が立ち上がった。
水無月よりもさらに上背があり屈強な体躯をしている。
いかにも荒事に慣れていそうだ。
他の男たちも続々と席を立ち、あっという間に紡たちを取り囲んだ。
水無月は場を満たして行く殺伐とした空気など知らぬふりで、にこりと人好きのする笑顔を浮かべた。
「そう殺気立つなって。話、聞いてるはずだろ?」
「……なんの話だったか」
「つれないこと言うなよな。俺たちの出現に驚かなかったんだ、お前らが知らないわけない」
愛想のよい顔で正論を訴えるが、大柄の男は頑なな態度で水無月を睨み下ろすばかりだ。
膠着状態に陥っては面倒だと考えながらも、紡は黙したままでいた。
水無月は優秀だと、知っている。
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