夢みる園。




人通りの少ない裏道で、深夜にもひっそりと明かりを灯す三階建があった。

豪邸が肩を並べる北地区と、中流層の民家が軒を連ねる東地区の、緩衝地帯らしい品のある瀟洒な外観をしている。

一見しただけでは、そこが高級娼館であるとは誰も気付かないだろう。

貴族や大物ヴィレンも訪れる娼館『夢野園』の一室で、紡は一人がけのソファに身を沈めていた。

不機嫌な顔で見下ろすのは、白い手袋に包まれた自分の右手だ。

正体不明の男・沙希が去った後、大佐は入手したばかりの情報を元に、一課の下士官へ被疑者の捜索を指示した。

爆弾製造の知識を持った頬に傷のある男となれば、対象は絞られる。

相手が見つけにくい場所に潜伏していない限り、数日の内に重要参考人として顔を合わせることになるはずだ。

捜査の進展が期待できるというのに、しかし紡の眉間にはしわが刻まれたままだった。

昼間の出来ごとを思い出すたび、直に触れたぬるい熱が蘇るのだ。

足元に伸びる影のように、掌に張りついて離れない。

沙希の素姓を探るためにあえて素手になったのだが、こんなことになるなら手袋を外すのではなかった。

時間が経つごとに増して行く後悔で、紡はきつく掌を握り込んだ。

「せっかく綺麗な顔をしていても、そんなに眉を寄せちゃ台無しね」

微かな音を立てて目の前のテーブルに置かれたのは、縁に繊細な花柄のあしらわれたカップである。

立ち昇る格調高い紅茶の香りにつられ、紡は右手に据えていた視線を持ち上げた。

しなやかな動きで対面のソファに腰を下ろしたのは、滴るような色気を醸し出す美女だ。

濃い睫毛に縁取られた黒々とした瞳と、ぽってりと厚い紅唇が艶めかしい。

一つに束ねたこげ茶のロングヘアが、右の肩口から緑のオフショルダードレスに隠された豊かな胸元へと流れていて、深く刻まれた谷間に毛先を潜り込ませていた。

「難しい顔して、何かあったの?」
「里桜……」

この部屋の主にして『夢野園』の稼ぎ頭である里桜は、ペリドットグリーンの瞳をじっと見つめて心配そうに問うた。

並の男では気後れしてしまいそうな色気を意にも介さず、紡は頬を和ませた。

それは馴染みの女の機嫌を取ろうとするものではなく、親しい友人に向ける表情だった。

「仕事でちょっとな」
「連続爆破事件でしょう、今担当しているの。捜査、上手くいってないの?」
「どうだろうな。進展していないのは問題だけど、していても素直に喜べそうにない」
「何それ。紡らしくない発言ね」

不思議そうに目を瞬かせる里桜に、紡は苦笑した。

普段ならば事件の早期解決は大歓迎だ。

手掛かりが少なかっただけに、僅かな進展でも喜んでいただろう。

だが、今回は情報元があの不審者なのだ。

事件に進展があれば、去り際の言葉通り、沙希は再び紡のもとへやって来るだろう。

偽りの証言であればいいとは思わないが、真実だった場合、沙希への対応を考える必要があった。




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