「目的は何だ。警察に情報を流して、どうするつもりだ」

ただの一般市民が警察に協力をしているわけではない。

事件関係者やヴィレンが偽りの証言で捜査をかく乱しようとしているわけでもない。

一般市民ではない男が、正しい情報を提供する意図が読めなかった。

「簡単なことです。私は貴方のお役に立ちたいんです」

沙希は簡潔に答えた。

先ほどと同じく、はっきりとした事実の口調で。

「ね? 簡単でしょう」
「……それを信用すると思うのか」
「えぇ、もちろん。貴方は真偽を見極める目を持っていらっしゃる。現に、私の情報が正しいと信じた」

完璧に読まれていた。

紡は与えられた言葉に嘘はないと判断したからこそ、沙希の思惑を図りかねているのだ。

ずっと我慢していた溜息を吐き出せば、向かいの男はくすりと笑う。

余裕のある態度は彼が『図書館司書』でなくなったときから、一度として崩れていない。

紺青色の瞳も底が読めないままだ。

本音を探せども深い色には果てがなく、確かな感情は見えて来なかった。

「私は貴方のために情報を集めます。それをどうするかは、貴方次第です。ですが、ここで私を逮捕すれば、貴方は情報源を一つ失うことになる。レトニアを守る司令官として、正しい選択と言えますか?」

沙希は落ちついた声音で静かにたたみ掛けた。

「私の情報を少しでも疑わしいと思ったのなら、そこで関係を切ればいい。私は貴方の役に立ちたい一心で、情報収集をしているだけなのですから。決定権を握っているのは、紡大佐です」

反論は出て来なかった。

沙希は怪しい。

身分を偽っていたうえに、にわかには信じ難い理由で情報を持って来た。

今回は信憑性のあるものだったが、次もそうとは限らない。

だが、彼の情報を使うも無視するも紡の自由だ。

いつだって面会を拒めるし、逮捕も出来るだろう。

見返りを要求されているわけではないのだから、有益にはなっても不利益にはならない。

油断さえしなければ弱味を握られることはないし、一定の距離を保っていれば危険も少ない。

いつでも切り捨てられる、都合のいい存在だ。

不審者ではあっても、今は泳がせておくのが最善の選択だった。

紡は奥歯を噛みしめた。

沙希の目的は少しも分からないが、この展開が彼の書いた筋書きであると気付いたからだ。

彼の計算通りの思考をしている自覚があるのに、他の考えに進めない。

決定権はあっても、主導権はなかった。

何の感情も窺わせぬ冷えた沙希の双眸に、初めて嬉しそうな色が混ざった。

最初に抱いた印象と同じ、耳に心地よい滑らかなテノールが鼓膜を揺らす。

「また近いうちに、お会いしましょう」

名残惜しげに放された手を、紡が引きとめることはなかった。




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