レトニアに着任してからの半年で、紡の名は街中に知れ渡っている。

フルネームと肩書きを言い当てられたとて驚く必要はない。

けれど、相手の口ぶりはそれ以上のことも知っているかのようであった。

取調室に充満して行く緊迫感。

きりきりと引き絞られて行く空気に応じて、全身の筋肉に力がこもる。

身体の横で動きを止める左手は、腰のホルスターに収まる鞭をいつでも引き抜く準備が出来ていた。

紡は内心の動揺を面には出さず、悠然とした様子で笑みを崩さない男を睨みつけた。

「お前……ヴィレンか?」
「心外ですね。警察に情報を提供する悪党はいないでしょう」

言葉に反して沙希はくすくすと喉を震わせた。

気を悪くした素振りもなく、この状況を楽しんでいる。

同意を求めるような微笑には余裕が漂っていた。

取調室の向かいは少年課だ。

紡が呼べば、すぐに誰かしら飛んで来るだろう。

それにも関わらず、彼には緊張感の欠片も見えない。

自信すら窺える態度が不気味だった。

手を振り払いたい気持ちを堪えて、紡は自分よりも高い位置にある瞳を見据え続けた。

努めて平静に告げる。

「お前が何者であったとしても、不審者をこのまま帰すわけにはいかない」
「いいんですか?」

沙希の手の力が増した。

痛みを感じるほどではないが拘束はより強固なものとなり、冷え切った互いの皮膚の狭間にぬるい温度が生まれる。

ぞわりっと覚えのある寒気が背筋を駆け抜けて行き、紡は緑色の瞳を瞠らせた。

だが、脳裏に浮かんだ確信にも近い予想は、相手の意味深長な発言によって意識の中枢から弾き出された。

「確かに私は嘘をつきました。試す、といった方が正しいでしょう」
「試す……?」

柳眉を寄せて繰り返すと、沙希は笑みを深めて首肯する。

「えぇ、そうです。失礼ながら貴方を試させてもらいました。ご指摘通り、私は図書館に勤務する司書ではありませんし、レトニアに来てから日も浅い。貴方は期待した以上に有能な方だ」

見下したようにも聞こえる称賛に、紡の顔つきが険しくなる。

鋭い視線を注ぐものの、相手の笑顔は揺らがない。

沙希は完璧に造られた表情の中で、謎めいた色の瞳だけを微かに細めた。

「ですが、事件の情報は嘘ではありませんよ。犯人の特徴も、死者が出ているのも事実です。お疑いなら詳しく調べてみるといい、すぐに裏が取れるでしょう」

はっきりと言い切られ、事実を述べているのだと直感する。

そうなると、益々疑念は募る。




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