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別れの挨拶から捕縛へと意味を変えた握手に、沙希は涼しげな目元をぎょっとさせて身を退こうとした。
力を緩めず阻止した紡の双眸には、敵と対峙したときのような鋭さが宿っている。
「あ、あの……どういう意味ですか?」
訳が分からない。
戸惑いも露わに主張する男に、紡は手を握ったまま唇を吊り上げた。
「犯人、のわけはないから共犯者。あるいは俺を目障りに思うヴィレン。まったく別の目的を持った不審者。お前はどれだ」
「ど、どれって、そんな! 私は情報提供に来た一般人です。レトニア中央図書館に勤務する司書です!」
動揺と混乱に襲われながらも懸命に訴える沙希は、あらぬ嫌疑をかけられた無実の青年に見える。
しかし紡は手を離さなかった。
警戒を怠ることなく、探る瞳で相手を射抜く。
「一つ一つ指摘してやらなきゃ駄目なのか?」
「ですからっ!」
「第一に、中央図書館の蔵書整理は冬だ」
苛立つ沙希を無視して挙げたのは、彼の一つ目の不審点。
普段は読書と縁のない生活を送っているレトニアの住民だが、秋も深まりだしたこの時期になると、なぜか図書館の利用者は激増する。
蔵書整理は繁忙期の過ぎた冬に行われるのが通例で、図書の出入りが著しい秋に深夜まで残業しなければならない大がかりな蔵書整理が行われるはずはなかった。
「第二に、この街に二年以上住んでる人間が、夜中に裏道を通るわけがない」
二つ目の不審点。
レトニアほど物騒な都市を、紡は他に知らない。
どれほど家路を急いでいたとしても、日暮れ後の裏道を通る一般人がいるものか。
二度と我が家に辿りつけなくなると、誰もが心得ているのだ。
遠回りになったとしても、表通りを選ぶのが常識である。
「そして第三に、この手は学士のものじゃない」
最後の不審点を指摘しながら、紡は手に込める力をさらに強くした。
高等学術院は国が定める最高学府の総称だ。
国内から選りすぐりの秀才や貴族の子息子女が集い、学問に励んでいる。
だが、沙希の手には本やペンだけと付き合って来た人間には、備わるはずのない硬さがあった。
「剣のタコがあるよな。それも貴族の手習いや護身レベルのものじゃない。普通じゃあり得ないほど日常的に、剣を握って来た証拠だ」
ペリドットグリーンの眼に強い光りを宿らせ、はっきりと断言した。
声もなく呆然と立ち尽くしていた沙希の顔に、美しい微笑が滲み出す。
それは先刻までの穏やかなものとはかけ離れた、息を呑むほど蠱惑的な笑顔だった。
輝きを深めた紺青色の瞳はまるで底が読めなくて、紡は僅かに気を取られた。
途端、捕まえていたはずの手はあっさりと返され、逆に紡の方が握り込まれる。
「っ……!」
「頭の回転が速く、洞察力も優れている。さすが、紡=真里司令官だ」
男は満足したように言った。
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