紺青の瞳。
紡が向かったのは庁舎二階に並ぶ取調室の一つだった。
狭い室内には無愛想なテーブルと椅子があるばかりで、窓には逃走防止の鉄格子がはめられている。
本来ならば、逮捕した被疑者を調べるための部屋だ。
一般人にはさぞ居心地が悪いだろうに、この場所を指定したのは面会希望者の方だった。
再び整えた襟元と対外用の笑顔で「司令官」を演出しながら、紡は正面に座る男へ会釈をした。
「捜査へのご協力に感謝します。今回の事件を担当します、特別捜査班の真里です」
「沙希と申します。レトニア中央図書館で司書をしています」
耳に心地よい滑らかなテノールで名乗った男は、精緻に整った面に優しげな微笑を浮かべた。
レトニアではあまり見ない艶やかな闇色の髪と、理性的な紺青色の双眸が彼の落ち着いた美貌を際立たせている。
質素な黒いジャケットと黒革の手袋を身に付けた沙希は、静謐な空気を醸し出す穏やかな青年に思えた。
礼を失しない程度で観察を切り上げ、紡は表情を少しだけ引き締めた。
「それで、今回の爆破事件に関してお話しがあると伺いましたが」
捜査の指揮を取っている士官に内密な話をしたい。
情報提供を申し出た沙希は、受け付けた女性下士官にそう言って取調室を頼んだらしい。
応接室では話せない情報とは、一体どのようなものなのか。
些細な手掛かりでも欲しい現在、彼の来訪は願ってもないことだ。
沙希は落ちついた様子で一つ頷くと、静かに口を開いた。
「昨夜、ごみ捨て場が爆破されましたよね。私はその現場を目撃しました」
それは確かに、応接室などでは話せない情報だった。
「今朝の新聞を読んで驚きました。死傷者が出ていないはずがありません。あのとき、確かに誰かが亡くなっています」
完璧な「司令官」の仮面に、驚愕のヒビが入った。
紡は逸る心を抑えつけ、順を追って語り始めた沙希の言葉に耳を傾けた。
沙希が勤務先の図書館を出たのは深夜だった。
蔵書整理が終わらず残業続きの日々で、帰路を急いだ彼はアパートメントへの近道である裏道に入った。
言い争う男たちに気付いたのは、曲がり角に差し掛かったときだ。
大方、酔っ払い同士の喧嘩だろうと思い、巻き込まれては敵わないと別の道を行こうとした。
足を止めたのは、一方の男が相手の荷物を奪い取ったからではない。
荷物を奪われた男は何故だかすぐに踵を返すや、沙希が身を潜める方へと駆けて来たのだ。
幸い、男は脇目も振らず沙希が隠れるのとは逆の角を曲がって走り去った。
無事にやり過ごせた。
そう思って息を吐いた彼は、しかし鼓膜を突き抜けた爆発音に目を見開くことになった。
急いで覗きこんだ路地には、上半身が破裂した死体が転がっていたのである。
「突然のことに混乱して、すぐにその場を後にしました。ですが今朝の新聞を読み、そして今日もまた爆破事件が起こったと知って、少しでも私の情報が役に立てばと思いこちらに伺いました」
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