「片や最大勢力、片や実体はどうあれ小規模組織。この二つに喧嘩売るって、意味わかんねぇな」
「どちらか一つなら理解も出来ますけど、両方を攻撃して利を得る組織なんて思いつきませんよ。ヴィレンを無差別に狙っているなら、一件目で被害者が出ていないのは不自然ですし」

難しい表情で考えを廻らせる二人とは反対に、紡は思いつきを語るような軽い口調で言った。

「水無月」
「なんですか」
「お前【残響】に繋ぎつけられるか?」
「へ? そりゃまぁ、出来ないこともないですけど」
「ちょっと待ちなさい。あんたまさか、会いに行くつもりじゃないでしょうね」

続く言葉に気付いたのだろう。

珠羅の細い目がさらに細くなる。

紡は辛うじて覗くヘーゼルの虹彩を受け止めながら、にやりと余裕の笑みを返した。

「心当たりはないか、聞いてみる必要があるだろ」
「ちょ、ちょっと大佐! 俺の話聞いてました? 【残響】なんて気持ち悪い組織と接触するのはマズイですって!」

あっさりと言ってのければ、水無月が慌てふためく。

だが、制止をかけられた当の大佐は、悪気なく放たれた暴言に噴き出してしまった。

「気持ち悪い」という評価のおかげで、【残響】に感じた仄暗い寒気も半減だ。

白手袋の右手で口元を覆う紡に、部下たちは事の深刻さを理解させようと眦を釣り上げた。

「具体的には挙がってませんけど、かなりやばいことやってる連中なのは間違いないんです」
「今回の一件で、【残響】は他の組織からも注目されているでしょう。迂闊に接触すれば、あんたの身が危険だって分かってんですか?」
「それくらい分かってるって」
「大佐の発言は分かってるヤツのものじゃないだろ」
「わが身を犠牲にしてまで事件を解決しようとするくせに、なに言ってるんです。早死にしたいんですか?」

矢継ぎ早に浴びせられる文句にも似た説得に、紡は仕方なく笑いを収めた。

ヴィレンとの接触は綱渡りだ。

上手く情報を引き出せるとは限らないし、逆に弱みを握られ脅迫を受ける恐れもある。

万が一にも他の組織の警戒心を刺激すれば、命を狙われることになるだろう。

ただでさえ実体の掴めない組織。

加えて事件の渦中にあることで悪目立ちをしている【残響】と接触するのは、あまりに危険だった。

紡は表情を改めて姿勢を正すと、落ちついた声で事実を告げた。

「けど、手元にろくな情報がないんだ」

愉快犯でも通り魔でもない。

ヴィレン同士の抗争も疑わしい。

犯行の意図すら読めない現状では、出来ることはすべてやるべきだ。

「俺たちが捜査にもたついている間に、次の被害が出たらどうする?」

これを言うのは卑怯だと思ったが、面には出さなかった。

予想通り、口うるさい珠羅まで言葉に詰まる。

事件解決に傾ける紡の熱意を知っているのもあるが、彼らもまたレトニアを蝕む犯罪を許せないのだ。

説得が続くことはなかった。

重苦しい沈黙が室内を満たす。

無理を押し通した自覚はあるが、罪悪感はない。

ただ、部下たちの心配を振り切ってしまったのも確かだ。

ここに留まるべきではないだろう。

「じゃあ水無月、よろしく頼んだぞ」

紡は平時と変わらぬ軽やかな調子で言うと、特別捜査班の部屋を後にした。

庁舎の端ゆえに人気のない廊下を進み、使用頻度が著しく低い司令官室に向かう。

最上階の五階に繋がる階段を半ばまで行ったところで、背後から小走りの足音が届いた。

「あ、真里司令官!」
「どうした?」

息を切らして紡を見上げたのは、事務方の女性下士官だ。

何事か起こったのかと僅かに身構えながら問うと、相手は急いで敬礼をしてから目的を告げた。

「司令官に面会希望者です。今回の事件のことで、話したいことがあると」

紡は上ったばかりの階段を、即座に駆け下りた。




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