一頻り少年を構い倒した紡の満足げな笑みが、その美貌から失われるのは、数拍の後であった。

突き刺さるような視線を感じ、息を呑んだ。

四肢が凍りつき、全身の筋肉が一気に強張る。

背筋を這い上がる寒気に肌が泡立つ。

強烈な圧迫感に喉が詰まり、呼吸もままならなかった。

誰だ。

苛烈な眼差しで己を刺し殺そうとするのは。

異変を悟られぬよう細心の注意を払いながら、紡はどうにか首を動かして、注がれる視線を追いかけた。

視線の主は、規制ポールの向こうに集った野次馬に紛れていた。

多くの人々に埋没し、姿を潜めている。

だが、どれだけの人がいようとも、紡の警戒心をこれほど刺激できる輩が一般人に擬態しきれるものか。

神経を研ぎ澄ませ、一般人の中に隠れる「犯人」を探す。

「大佐?」

急に動きを止めた紡に、水無月の訝しげな声がかけられた。

その瞬間、軍服に守れた身を容赦なく貫いていたプレッシャーが、ぷつりと途絶えた。

跡形もなく消え失せ、僅かな気配すら残さない。

これ以上の追跡は諦める他なかった。

「……どうかしましたか?」

硬い声音で問うた相手に、紡は詰めていた息を吐き出した。

緊張の糸が切れ、脱力する。

どっと押し寄せた疲労感が、静かな戦いの厳しさを痛感させた。

「いや、なんでもない」

一体、今の視線は何だったのか。

何者によるものだったのか。

気がかりはいくらでもあったけれど、考えたところで答えの得られぬ疑問だ。

拘っている時間はない。

深呼吸一つで頭を切り替える。

「――水無月、支部に戻るぞ。捜査会議だ」

そう言って顔を上げた紡は、すでにいつもと変わらぬ気迫を取り戻していた。

物言いたげな水無月に気付かぬふりをして、毅然とした足取りで歩き出す。

強烈な視線の消えた野次馬の群れは、現場に到着したときと同じくあっさりと道を譲り、大佐の行く手を阻む者は一人としていなかった。

新たな清掃活動は、こうして幕を開けたのである。




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