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「今思えば、顔を隠していたのはおかしかった。鞄をやけに大事そうに持っていたのも、俺たちの興味を惹くためだったのかも……。逃げて行った方向は、東よりの表通りだと思う」
「お前たちの興味を、ね。なるほど、大体のことは分かった」
「何か掴めたのかよ」
「必要最低限のことは理解したって意味。お前の話を聞いただけで、犯人の目星がつけば苦労しないんだけどな」
形式的な質問ではあったが、収穫はゼロではなかった。
だが、確証のない可能性を被害者に告げるわけにはいかない。
結果を焦るハルに曖昧な微笑を返すと、紡は先ほど追い払った下士官をまたしても手の動き一つで呼び寄せた。
「ハル、部下に送らせるからお前も病院に行って来い。念のために怪我を診てもらった方がいいし、仲間もいるだろ?」
口を尖らせて不満げな顔をしていたハルは、傷を負った仲間を思い出したのかぎゅっと眉根を寄せた。
硬い動きでこくんと首を縦に振る。
「それが済んだら明日にでも支部に顔を出してくれ」
「なんでだよ」
「第一の理由は調書を作るため。第二の理由は少年課で説教を受けてもらうため」
「なっ……」
「追剥は立派な犯罪だって、知らなかったか?それで第三の――」
「俺たちがまっとうな職に就けるわけがないだろ!」
紡の言葉を遮って、ハルは怒鳴り声を上げた。
忌々しげに顔を歪め、きつく睨み上げる。
傍らの下士官がサーベルに手を伸ばすのを、紡は素早く抑えた。
戸惑う相手に構わず、臨戦態勢に入った他の士官たちにも目配せをして下がらせた。
社会の底辺で生きる子供たち、それがストリート・キッズだ。
親の育児放棄や孤児、家出など様々な要因で保護者を失った子供たちが、レトニアには溢れている。
教会の保護を受けられる者はごく一部で、それ以外の子供たちは互いに身を寄せ合い、どうにか日々を食いつないでいる。
雇用を得られない彼らが明日を生き抜くためには、犯罪に手を染める以外に道はなく、追剥や恐喝はストリート・キッズの手っ取り早い収入源として横行していた。
「アンタ、俺みたいな小物じゃなくて、もっと他に捕まえるべき相手がいるじゃないかっ!」
ハルは怒りのあまり周囲が見えていないのか、緊張感の走る士官たちに気付くことなく、紡を睨み据えている。
見逃してもらえたと思っていた分、裏切られた気持ちもあるのだろう。
大佐は落ちついた態度を崩さぬまま、遮られた言葉の続きを口にした。
「第三の理由は医療費の申請をするためだ」
「え……?」
思いもかけないセリフに、対面の幼い顔が呆然となる。
激情が消し飛び、寸前までとは別の理由で紡を凝視している。
「連続事件の被害者には、それなりに手を貸すことが出来る。お前と仲間の医療費くらいなら、申請さえあれば出せるんだよ」
生活保護や低所得者層への対応は役所の仕事だ。
警察軍の主な職務は、街の治安回復や犯罪の取り締まりであり、市民の経済的な支援はその範疇外である。
しかしながら、犯罪の蔓延るレトニアでは軍の体裁保持のためにも、連続事件に限り被害者の支援が可能だった。
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