険しい表情で下士官に応じる少年は、頭に包帯を巻いている。

額を切ったのか真っ白な包帯に赤色が滲んでいる。

それ以外に目立った外傷はなさそうだ、と判断して紡は声をかけた。

「怪我、大丈夫なのか?」

突然のことに驚いて、少年は勢いよく振り返った。

まん丸に見開かれた双眸が紡を捉えるや、その卓越した美貌に暫時固まる。

だが、自分に向けられた真剣な表情に、すぐに正気を取り戻した。

幼さの残る顔を警戒心で強張らせながら、投げつけるような口調が返された。

「……別に。ちょっと血が出ただけだし、これくらい平気だよ」
「そうか」
「無事でよかったな、とか言わないの?」
「お前は無事でも、仲間は無事じゃないだろ。俺なら言われた瞬間にキレる」

当たり前のように言うと、十代半ばと思しき少年は年齢に見合わぬ苦笑を浮かべた。

「アンタ、変わってるな。普通はろくに考えもしないで、適当にそう言うのにさ」

周りを取り囲む下士官たちを少年がジロリと見まわせば、彼らは一様に居心地が悪そうに顔を背けた。

大方、ろくに考えもせず適当な言葉を口にしたのだろう。

紡は居た堪れない様子の下士官たちに、片手で散るように指示を出した。

慌ただしい敬礼を置いて、ばたばたと現場検証に合流する背中を見送る。

「これでようやく、まともな話が出来そうだ」

にやっと口端を持ち上げれば、相手も肩から力を抜いて似たような笑みを浮かべた。

「俺はハル。犯人、見つけてくれるなら何でも協力する」
「レトニア支部の真里だ。全力を尽くすよ」
「真里……?って、まさかアンタ、紡=真里か!」

ハルはぎょっと目を瞠らせると、紡のフルネームを言い当てた。

驚愕に彩られた顔つきで、幻の珍獣を前にしたが如く凝視して来る。

今度は紡が苦笑を漏らす番だった。

「そんなに有名人か、俺」
「当然だろ!アンタの噂は飽きるほど聞いてる!」
「いい噂も悪い噂も、か?」

苦い笑みのまま肩を竦めると、興奮で頬を紅潮させていた少年はぐっと言葉に詰まった。

紡がレトニア支部の新司令官として着任するや、半壊していた警察軍の規律は回復し悪辣な汚職軍人は激減している。

人々に不当な圧力をかけたり暴虐を働かなくなったことは、一般市民にとっては歓迎すべき変化だ。

だが闇に生きる者たちからすれば、紡の存在は目障り以外の何ものでもない。

汚職軍人と手を組んでいた輩を始めとする犯罪者たちは、さぞかし仕事がやり難くなっただろう。

裏の世界との結びつきが深い下層民にとっても、紡がどうにかして排除したい存在であるのは間違いなかった。




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