長身を丸めてデスクと交流を深めていた水無月が、ふと口を開いたのは一枚目に判を押したときだ。

「そういや大佐、その事件こっちに回るんですかね?」
「その事件ってどれだ」

二枚目に目を通しながら応じた紡は、瞬時に数件の事件を思い浮かべた。

現在、捜査中の事件はいくつもあるが、特別捜査班が担当するようなものはあっただろうか。

「ほら、その爆破事件」

水無月は行儀悪く頬杖を突いた体勢で、珠羅が広げている新聞の一面を指差す。

紙面を大きく飾る写真には、裏道のごみ集積場が映っている。

狭い路地が広範囲に渡って焼け焦げているのが白黒印刷でも分かった。

生憎と今日は新聞を読んでいなかったが、出勤直後に他の士官から聞かされていた一件である。

「あぁ、裏道のごみ捨て場が爆破されたんだって?」
「そうらしいですね。幸い、犯行は深夜だったので付近に人気はなく、死傷者は出ていません」

昨夜、紡たちが白土竜の逮捕を終えて退勤した後に、事は起こった。

爆破場所は普段から人気のない裏道のごみ集積場で、死者が出たわけでもないのだから、悪質なイタズラと一蹴するのも可能だろう。

しかし、それで片づけてしまうには、使用された爆弾の威力に問題があった。

「この写真を見る限りでも、相当な爆破力ですね。至近距離でくらえば人体なんて簡単に吹っ飛んで肉片になる」

陰惨な現場写真を見ながら淡々と指摘した珠羅に、水無月が僅かに顔を顰める。

「肉片とかエグイこと言うなよな……。それで大佐、どうなんです?」

回答を促されて、紡は書類を手繰る手を止め考えを廻らせた。

爆弾の製造及び使用は法的に禁止されている、立派な犯罪行為だ。

使用された爆弾の威力だけを見れば重大事件と言っても差し支えない。

今回の一件が何者かが製造した爆弾の試験的なものだとすれば、この先大規模な爆破事件が発生する危険性もある。

しかしながら、人的な被害が報告されていない現在、この事件の捜査権は特別捜査班ではなく通常通り一課が持つことになると思われた。

「今のままじゃ俺たちには回って来ないだろうな」
「やっぱり。一課か組対のどっちかとは思ったんですけどね」

予想はしていたのか、水無月は納得の意味を込めて首肯した。

元は組織犯罪対策部に所属していた身だ。

この手の事件には「ヤツら」が絡んでいる場合もあるため反応してしまうのだろう。

紡は珠羅の手にする新聞にもう一度だけ視線をやってから、再び書類に意識を集中させ始めた。

ささやかな静寂が落ちた室内に後押しされ、黙々とペンを動かし報告書を仕上げて行く。

ふと胸に浮かんだのは、先ほど水無月には言わなかったフレーズだった。

文字を綴る手がぴたりと止まる。

書類を見つめる紡の俯いた顔に、自嘲するかのような笑みが滲んだ。

「連続事件にでもなれば、俺たちの出番になるはずだ」なんて、不吉なことは己が口に出すべきではないのだ。

否、出してはならないのである。

庁舎内のスピーカーから女性下士官の声が響くのは次の時。

『南地区にて爆破事件発生、死傷者は四名。繰り返す。南地区にて爆破事件発生、死傷者は四名――……』

新たな犯罪を伝える放送に、特別捜査班の静けさは終わりを告げた。

室内を走った緊張感に先駆けて、紡は席を立つや即座に動きだす。

帽子掛けから制帽を取って扉へと一直線だ。

「行くぞ水無月、出番だ」
「ちょっ、待って下さい!大佐……っ」

額に手を当て二日酔いに耐える部下を待たず、麗しの大佐は軍服の裾をはためかせながら出て行った。

「行ってらっしゃい」

普段と変わらぬ調子で声をかけた珠羅が、ゆったりとした仕草でマイナー紙を折りたたんだ。




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