「嫌味ってことか?」
「無言の訴えです。あんたが調書すらやらないで一課に引き渡すから、連中はどう報告書を作ったものか頭抱えてんですよ」
「結局、ここで俺が書くんだから問題ないだろ」
「そんなわけないでしょ、あんたへの苦情は全部あたしに来るんです。日課を控えるなり、逮捕者は最後まで担当するなり、もう少し一課の顔を立ててやらないと」
「……」
「ちょっと、聞いて――」
「みんなの士気を下げたか?」

唐突な疑問符に、相手は言葉を途切れさせた。

紡にとって街の清掃活動は趣味だ。

職務だからというわけではなく、自発的に犯罪者を取り締まっている。

だが、その趣味が他の士官たちのモチベーションに悪影響を及ぼしているとなれば、自らの行いを改めるべきだろう。

犯罪行為を見逃すことは限りなく不可能に近いが、珠羅の言う通り自制した方がいいかもしれない。

神妙な面持ちで窺うように見上げると、珠羅は呆れと疲労の混じった嘆息をついた。

くるりと踵を返して、自分のデスクに向かいながら返答を投げる。

「……逆です。帝都から来た若造に負けじと、みんな張り切ってますよ。今までにないくらい真面目に仕事をしています」

自らの職務に過剰なほどの熱意を注ぐ紡は、着任当初、士官たちに奇異の目を向けられていた。

これまで司令官となった者は皆一様に私腹を肥やすことに執心して、不正や汚職に進んで手を染めていたのだから、彼らが困惑するのも無理のない話だ。

汚職司令官の下で同じく職務を疎かにしていた軍人たちは、紡の極当たり前の正義感に反感を抱き、敵意をむき出しにする者も多くいた。

過去の司令官の誰も持ち得なかった正義感、その気取らない性格が士官たちに評価され始めたのは、ごく最近の出来ごとであった。

士官たちのやる気を削いでしまったわけではないと知り、紡は密かに胸を撫で下ろす。

「なんだ。なら問題ないよな」
「あたしの胃袋に穴が空いたらどうしてくれるんです」
「一課の苦情で空くほど、繊細な神経してないだろ」
「えぇ、そうですね。でなきゃ特別捜査班になんかいられませんよ」

軍曹の刺々しい声音に、対面のデスクに着く水無月がにやりと笑った。

「お前、何だかんだで大佐に甘いよなぁ」
「悪いですか」
「開き直るなよ」

見事な即答に苦笑する少佐を無視して、珠羅は届けられていた新聞を手に取った。

紡の着任直後に彼の呼び掛けで結成された特別捜査班は、この三人で構成されている。

各々問題点はあるが有能であることは間違いなくて、レトニアで発生する凶悪犯罪の捜査では警察軍内部でも花形である一課を抑えて中核を担っていた。

紡は未完成の報告書を仕上げるために、先ほど投げつけたのとは別のペン立てから愛用の一本を手に取った。




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