大陸全土を治めるグロリオーサ王国有数の都市であるレトニアは、国内随一の犯罪率を持つ犯罪都市でもある。

恐喝や窃盗、強姦といった犯罪は日常茶飯事。

殺人や麻薬の密売、人身売買などの重大事件も多発している。

役人や軍人が犯罪に加担することも珍しくなく、紡の前任者は司令官でありながら犯罪組織との癒着を内部告発され、軍法会議で処罰を受けたほどだ。

十数年前に起きたレトニア大暴動によって、人々の生活は破壊され役人や軍人の腐敗は進み、レトニアはあらゆる悪が溢れる犯罪都市へと姿を変えたのだった。

「文句は俺のシマで馬鹿なことやってた連中に言えよ」
「けど大佐、指名手配犯の逮捕数も多いですよね。ヤツらが迂闊な真似するとは思えないんですけど、何で捕まえられるんですか?」

一定レベル以上の犯罪行為を働いた者は指名手配をされる。

顔写真、あるいは人相書が公開されて、場合によっては懸賞金が掛けられる。

手配書が回された者は他の犯罪者たちよりもずっと用心深く、人目のある場所で大っぴらに犯罪行為をすることはほぼ皆無。

捕まらぬように変装している者も少なくない。

発見すること自体が難しい指名手配犯を、果たして紡はどのように捕まえていると言うのか。

彼の異常な逮捕数を見れば、疑問に思うのは当然だった。

水無月の問いに、しかし紡はあっさりと答えた。

「手配書の内容を覚えていれば、変装してても顔見りゃ分かるだろ」
「……いや分かんないですって」
「あんたとじゃココの出来が違うんですよ」

自分の側頭部を差しながら、軍曹は少佐に微笑んだ。

「紡の頭の中には、レトニアに回ってる手配書のすべてが入ってるらしいです」
「すべてって……あの量の情報ぜんぶ!?」
「そう、あの馬鹿みたいな量の情報すべて」
「頭痛が悪化した」

褐色の目を見開いて凝視され、紡は僅かに顔を顰めた。

レトニア内で回っている手配書はあまりに多い。

他の街で罪を犯した者が、この犯罪都市に逃げ込んで来るからだ。

週の初めに新しい手配書が届くたび、紡の脳内にある犯罪者リストは厚みを増して行く。

常人ならばその半分の情報量ですら覚えられないだろう。

自分の記憶力が優れていることは自覚しているが、まるで化け物を見るような目を向けられるのは心外だ。

もう一度ペン立てを投げつけてやろうかと思案する。

それを中断させるように、珠羅がずれた論旨を修正した。

「あんたの言い分も分かります。見て見ぬふりなんて、これまでの汚職軍人と変わりませんから。けどね、こうして報告書の半分を空白で出される意味を考えなさいって」

言われてデスクの書類に目を落とす。

珠羅に渡されたのは、昨日の清掃活動で捕まえた犯罪者たちに関する報告書だ。

やけに白い部分が目立つのは、逮捕状況や担当士官が未記入のせいである。

必要最低限の情報さえ記入されていない明らかな書類不備だが、文末には一課の承認印が押されている。

紡は小首を傾げた。




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