「調子乗ってんのはあんたも同じでしょ」

棘のある発言をしたのは、数枚の書類を手に部屋へと入って来た青年だ。

有り触れた茶髪の下にある、極端に細い目の色は恐らくヘーゼルである。

言葉の内容に反して彼の口端は緩やかな弧を描いているが、それが機嫌のいい微笑でないことは醸し出す雰囲気が証明していた。

軍曹の肩章がついた軍服を、ひょろりと細長い体に纏った青年は、真っ直ぐに紡のデスクへと歩いて来た。

特別捜査班最後の一人の登場に、紡は不機嫌な笑顔を収めた。

「おはよう、珠羅」
「はい、おはようございます。挨拶は結構ですけどね、あんたももうちょっと自制しなさいよ」

珠羅=天宮はただでさえ細い目を更に細めると、眉間にしわを寄せて持っていた書類を突きだした。

反射的に受け取った紡は、ぱらぱらと斜め読みをして「あぁ」と呟く。

「あぁ、じゃないんですよ。あんた今日も朝の清掃活動して来たでしょう」
「日課だし」
「だからって毎日のように逮捕されちゃ、こっちの仕事が追いつかないんですよ。自分の立場分かってんですか?」

これみよがしな嘆息をすると、珠羅は紡の肩を指差した。

窓から差し込む太陽光を弾いて輝くのは、レトニア支部で唯一の大佐を示す肩章である。

二十一歳にしてグロリオーサ王国軍の一翼である、警察軍レトニア支部の司令官に就任した若手最出世株が紡なのだ。

天才とも異端とも評される男は、部下の指摘に不服そうな顔になった。

「俺が現場に出ちゃいけない軍規でもあるのか?」
「ないことを一課の連中は本気で恨んでますよ。司令官様の逮捕率が異常に高いから、ヤツらの面子は丸潰れ。しかも逮捕するだけして後は一課に押し付けるって、あんた嫌味ですか?わざわざ反感買おうとしてんですか?」
「……職務をまっとうして何が悪い」
「司令官って言葉の意味知ってます?司令を出す人間、あたしら下っ端を監督する役職のことですよ。出勤ついでに犯罪者を山ほど捕まえるような有能さはいりません」

酷い言い草ではあったが、珠羅の言葉に反論は出来ない。

レトニア支部の司令官となって半年。

紡の犯罪者逮捕数は歴代の司令官とは比較にならないどころか、最前線で職務をこなす一課の士官たちをも上回っている。

レトニア支部を統括する身でありながら、進んで現場に出て行く司令官など前例がなかった。

「茶ぁでもすすりながら書類にハンコとサインだけしてろ、とは言いませんけどね、もうちょっと大人しくしていてもらえませんか。階級に見合った落ちつきを持って下さい」

静かに伸びた珠羅の指先が、金釦を外して寛げていた紡の襟を正し、隠れていた襟章を露わにする。

きっちり一番上まで釦を止めると、珠羅は念を押すようにじっと紡を見下ろした。

だが、紡はうんざりした口調で尚も言い返す。

「出勤途中に現行犯と遭遇しなきゃ、俺だって大人しくしてる」
「散歩すりゃ、確実に三件は犯罪と遭遇するもんなぁ」

同じくうんざりした声で水無月が頷いた。




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