第一章:犯罪都市。
朝の爽やかな日差しが、蒼く澄みきった空から降り注ぐ。
透明な光りは夜の名残を浄化して、レトニアの街に秋の清澄な空気を行き渡らせる。
表通りを行く人々の伸びた背中と律動的な歩調は、一日の始まりに相応しい活力が漲っていた。
そんな清々しさを台無しにする低音の呻き声は、特別捜査班の部屋で上がった。
「あー……駄目だ、飲み過ぎた」
日常的に使用しているとは思えないほど物の少ないデスクに、水無月はぐったりと突っ伏した。
撃沈している姿からは気力も覇気も感じられない。
心なしか、一つに結んだ長髪の夕焼け色もくすんで見える。
部屋の最奥にある自分の席から、部下の体たらくを見せつけられた紡は、綺麗な曲線を描く眉を思い切り歪めた。
「おいこら、水無月」
「……おはようございます、大佐」
「二日酔いの分際で、のうのうと挨拶すんな。昨日、俺があれだけ言ったってのに、てめぇ真っ直ぐ帰らなかったな」
ペリドットグリーンの瞳を尖らせるも、水無月は顔を起こすこともせず、そのままの体勢で気だるそうに反論する。
「俺が悪いんじゃないですよ。悪いのはそこそこ美味い酒と、抜群に可愛い女の子」
「自制心の低さを他人のせいにすんな。どうせ女の誘いに引っ掛かって、高いボトル開けさせられた挙句に酔い潰されたんだろ」
「……もしかして見てました?」
「語るに落ちたな」
水無月の悪癖はもはや病気と言っても過言ではない。
極度の酒好き女好きで、毎晩のように酒場に出入りしている。
大方、昨夜もあの捕りものの後、歓楽街へ繰り出したに違いない。
紡の忠告はまったく意味を成さなかったようだ。
だらしなく着崩された軍服に縫いつけられた、少佐の階級章が泣いている。
彼が店とグルになった女たちに財布の中身を空にされようと、一晩共にいてキスすら出来ずに放り出されようとどうでもいいが、仕事に影響が出るなら話は別だ。
「うー」と再び低く呻き始めた部下に、紡は長めの金髪をかき上げながら何度目になるか分からない注意をした。
「次、酒残して出勤したら降格するからな」
「大佐がもうちょっと可愛げのある性格してて、俺と同じもんぶら下げてなきゃ、毎晩出歩いたりしない……だっ!な、なにすんですか!」
水無月の戯言を最後まで聞かずに、ペン立てを投げつけた。
頭に直撃を受けた男はぎょっと目を剥いて、ようやく身を起こす。
抗議の声を上げる垂れ目の美形に、紡は満面の笑みで重低音を奏でた。
「あんまり調子乗ってると、てめぇのブツちょん切って強制的に性転換させんぞ」
「すみません、勘弁して下さい、以後気をつけます」
花のような笑顔が醸し出す凶悪な威圧感に、水無月は謝罪の言葉を捲し立てた。
世の中には決して逆らってはいけない人間がいる。
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