A
「お前こそ行かないのか? あまり遅くなると、教師がうるさいだろう」
「それは、そうですけど。でも、見送られるのは居心地が悪いっていうか」
「なら、同時に動き出すか? 俺はお前と離れ難かっただけだからな」
「そ、そうですか。分かりました。なら、せーので歩き始めましょう」
臆面もなく言えば、対面の白い肌に朱色が走る。
光は僅かに上擦った声で応じると、「せーの」の合図をかけた。
互いに背を向け、それぞれの目的地へと歩き出す。
だが、穂積は数歩進んだところで足を止め、くるりと方向転換した。
目の前の光景にため息が零れる。
「で、足をどうしたんだ。長谷川」
「っ!」
有無を言わせぬ口調に、少年の肩がびくりっと跳ねる。
おずおずとこちらに向けられた顔には、気まずそうな表情が浮かんでいた。
「同時に歩き出すはずじゃないですか」
「歩いただろう、何歩かは。捻ったのか?」
振り返った先で見たのは、片足を引きずるようにして歩く恋人の姿。
確認の意味で問えば、観念したのか光は小さく首肯した。
何か隠していると思ったが、案の定だ。
ストップウォッチは偶然持っていただけで、本当は保健室に行く途中だったのだろう。
足を挫いたなら、歩くのはつらいはず。
心配をかけまいとしたのは分かるが、頼るどころか隠されたのは大いに不満だった。
「掴まれ。保健室まで付き添う」
「ありがとうございます。でも、すぐそこなんで大丈夫ですよ」
「いいから掴まれ。それとも、また抱き上げて欲しいのか」
差し出した手をやんわりと拒まれ、つい脅すような文句が口を突いた。
会長方に集団リンチを受けたときのことを指していると気付いたのか、光はぎょっと目を剥く。
「そんな、あのときに比べたらこのくらい――うわっ!」
「今度は最初から大人しくしていろよ」
反論を聞く気はなかった。
否、聞きたくなかった。
穂積は少年の腰とひざ裏を攫い、強引に横抱きにするや歩き出す。
いくら線が細いと言っても、百七十を超えた同性の身体は決して軽くない。
腕にかかる重みは、以前と同じだ。
机仕事ばかりでトレーニングを怠っていた身には、少々負担が大きい。
だからといって、解放してやるつもりはなかった。
「ちょ、下ろしてください! 本当に一人で大丈夫ですって」
「大人しくしろと言っただろう。俺に嘘をついた時点で、お前に拒否権はない」
「っ……」
きっぱりと言い切ると、光はぐっと押し黙った。
腕の中の身体がぎゅっと固くなり、纏う雰囲気も張りつめたものになる。
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