「あ、あの違います。ほら、綾瀬先輩や歌音先輩で慣れていて、だから……会長?」

言い訳のセリフが途切れたのは、穂積の視線が脇に逸れていたためだ。

普段ならばここぞとばかりにからかってくるのに、今は無言で俯いている。

穂積らしからぬ態度に違和感を覚え、整った横顔を注視した。

目元に走る朱色を見つけ、息を呑む。

「黙れ」
「まだなにも言っていません」
「……」
「ははっ」

先ほどまで狼狽えていたことなど忘れたように、光は笑い声を上げた。

穂積の照れた顔など、滅多に見られるものではない。

しかもその表情を引き出したのは、自分の何気ない一言。

これが喜ばずにいられるだろうか。

胸に広がる充足感は、背筋に甘い痺れをもたらした。

知らず口元が綻び、恋心が視線に滲み出る。

それに気付いた穂積が、眉間のしわを消して頬を緩めた。

どこまでも優しい微笑みに、心臓が脈打つ速度を上げる。

全身を廻る血液が熱を持ち、耳の奥でトクリ、トクリと音が聞こえた。

衆目のあるロビーでは叶わなかったが、テーブル同士の距離が離れた今ならば許されるはず。

光は心が望むままに穂積を見つめた。

――帰りたくない。

ふと去来した感情に、内心でぎょっとする。

光が生徒会の仕事に追われる以上に、穂積は多忙な毎日を送っているのだ。

明日に限って休みをとっているとは思えないし、仮に休めるならば疲労を癒す時間に回して欲しい。

例え顔を合わせたのが久しぶりだとしても、わがままを言うべきではない。

この願望を口に出せば、彼は無理をしてでも叶えてしまうのだから。

「自重しろ」と自分自身に言い聞かせながら、光は運ばれて来たデザートのムースを掬った。

そもそも、穂積と一晩を共にして心臓が持つのか。

彼の寮部屋に泊まったことはあるが、あくまで流れに乗った結果。

そうすることが自然だったからこそ起こった出来事だ。

自ら誘いをかけて外泊をねだるなど、ハードルが高すぎる。

離れ難くはあるが、今回は諦めるしかない。

時間をかけて食後の珈琲を飲み終えると、光は笑顔を作った。

「今日はありがとうございました」
「なんだ、急に」
「こんなレストラン、自分じゃなかなか来れませんから。すごく美味しかったです」
「気に入ったのなら、連れて来た甲斐があったな」

光だけに見せる極上の笑みで告げられ、別れの文句が喉に引っ掛かる。

言うべき言葉が音にならない、音にできない。

切なさが心を満たし、沈黙を選ばせる。




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