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穂積に連れてこられたのは、ホテルの上階にあるレストランだった。
案内された窓辺のテーブルからは、城下町の煌めく夜景が一望できる。
絶景とまではいかないまでも、食事の場を華やかに演出するには十分すぎる光景だ。
時刻は九時に迫っていたが、この展望のせいか料理の味のためか、無人の席は僅かばかり。
その中に、光のような学生服姿の客は一人もいなかった。
「……俺、思いっきり場違いじゃないですか」
おすすめコースのメインである鴨もも肉のコンフィにナイフを入れながら、光は遠慮がちに言った。
「今さらなにを言っている」
「そうですけど。着替えて来たほうがよかったかと思って」
「気にする必要はない。この店のオーナーは碌鳴の卒業生の親だ。なぜここに出店したかは、言うまでもないだろう」
「城下町の通称は伊達じゃないってことですね」
呆れるよりも納得する自分に苦笑が漏れる。
半年前ならば驚いていただろうに、人間は順応する生き物だとつくづく思う。
「あぁ、その制服ほどこの店に相応しい正装はないだろうな」
すでに夕食を取り終えていた穂積は、コーヒーのカップに口をつけつつ微笑んだ。
「それで、最近はどうだ」
「生徒会ですか? 順調ですよ。すべてが滞りなくってわけにはいきませんけど、みんなで頑張っています」
仁志率いる新生徒会は、年明けと共に「新」ではなくなった。
これまで指導に当たっていた穂積たちが引退し、学内唯一の生徒会として動き出したのだ。
役員に選ばれた人材は皆有能で、今のところ大きな問題は起きていない。
スタートを切ったばかりだが、このメンバーとならば責務を果たして行けると、光は確信している。
「年末に仁志が帰省したようだが、仕事に影響はなかったのか?」
「心配し過ぎですよ、あれでも生徒会長なんですから」
やるべきことをしてから帰ったと続けると、穂積は困ったように苦笑する。
「どうも仁志だと思うとな。時折、なぜ自分の後任にあいつを選んだのか、不思議になることがある」
「それは、まぁ……。俺もたまに、仁志が生徒会長だということを不思議に思うときがあります」
塞ぎ込んでいた先月の反動なのだろう。
仕事の休憩時間に、神戸や会長方の幹部委員とサバイバルゲームをやっていたのには驚いた。
最終的には碌鳴館の窓ガラスを割った神戸と共に、鴨原の淡々とした説教を受けていた。
「今度、会長からも注意してやってくださいよ」
「さっそく引退した人間に頼るのか? それに、俺はもう「会長」じゃない」
「あ……そうでした」
冗談めかした指摘に目を瞬く。
光は穂積のことを、名前ではなく「会長」と呼んできた。
夏季休暇中の一時を除けば、出会いから今の今までずっと。
けれどもう、彼は「生徒会長」ではない。
今の碌鳴学院でその肩書を持つのは、穂積ではなく仁志なのだ。
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