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『俺が勝手にやったことだ。お前が責任を感じてどうする』
「けど」
『よく考えろ、お前に非はない。なんでも自分のせいにしようとするな』

深く俯き足元を見据える少年は、目の前のエレベーターが開いたことに気付くのが一拍ほど遅れた。

「そんな顔をさせたいわけじゃない」
「あ……」

それは携帯電話からではなく、眼前から届いた低音だった。

持ち上げた視界に映ったのは、エレベーターから降りて来る私服姿の穂積である。

優しい漆黒の眼差しに晒され、光は驚きに目を瞠った。

「なんで……」
「俺の恋人は自己嫌悪に陥りやすいからな。それに――」

穂積は口端を緩めると、光の首裏に手を差し入れた。

ぐっと引き寄せられ、彼の腕に閉じ込められる。

「今日一日、仁志に独占されるのかと思ったら腹が立った。数分くらい、俺が奪ってもいいだろう」

至近距離で注がれる双眸の強さに、光の背筋に電流が流れた。

瞬間的に血液が沸騰し、脈拍が一気に加速する。

光は囚われたように、穂積を見つめるばかりだ。

「どこに行くんだ」
「城下町に」
「買い物か」
「はい」
「仁志と二人で?」
「そう、です」

一つ、質問が落とされるごとに、穂積の腕に力が籠る。

一つ、答えを渡すごとに、光の指先から力が抜ける。

優しく首筋を撫でられ、眩暈を覚える。

ここがどこだとか、誰かに見られるだとか、忘れてはならぬ現実が薄れて行く。

茹だった脳では、まともな思考など不可能だ。

「何が欲しいんだ」

だが、続けられた問いを理解するや、光は我に返った。

再稼働した思考回路によって、素早く無難なセリフを紡ぎだす。

「洋服を見るつもりです。この先、あまり休みが取れそうにないので、今日は色々見て回ろうかと」

淀みなく口にすれば、鼻先に迫っていた男は驚いたように身を引いた。

まさか、気付かれたのだろうか。

今しがた語った理由が、嘘であることに。

「どうかしましたか?」

長年培って来た調査員としてのスキルで、内心の動揺を綺麗に覆い隠すと、光は小首を傾げて見せた。

真実を明かすつもりはない。

間もなく退任を迎える現生徒会役員への、プレゼントを買いに行くだなんて、どうして言えるだろう。

寸前までとは異なる胸の高鳴りを抱えつつ、光はじっと穂積の反応を待った。

「有能過ぎるのも問題だな。ある意味、分かりやすい」
「え?」
「いや、なんでもない。城下町に行くのは久しぶりだろう、楽しんで来い」
「……ありがとうございます」

果たしてどういう意味だったのか。

追及をしたいところだが、嘘をついている上に、仁志との待ち合わせまでもう時間がない。

光は停止したままのエレベーターの扉を開くと、別れの文言を切り出した。

「じゃあ、俺行きますね。次は予定を空けておきます」

そう言って、階数ボタンに指を伸ばしたときだった。




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