寮の自室で一人、千影は携帯電話と向き合っていた。

最新型のスマートフォンは、潜入前に保護者から渡されたものではなく、恋人から贈られたものだ。

「俺、専用だ」と言って笑う彼に、戸惑いながらもお礼を告げたことを思い出す。

あのときは、なぜ恋人専用の電話を持たなければならないのか、本気で理解が出来なかった。

すでに持っているものにも彼のアドレスは登録されているし、二台も持ち歩くのは邪魔くさい。

何より、ほぼ毎日顔を合わせる相手に、電話をかける機会が来るのか疑問だった。

もちろん、非常事態を除いて。

一応までに持ち歩いてはいたが、予想通り、この専用機でメールや電話をしたことは一度もない。

そして、相手からの着信もなかった。

「これ、どうすればいいんだ?」

寝室のベッドに寝転んで、初期設定のままの画面を無意味にタップする。

最新のものだけあって、画面はくるくるとストレスなく切り替わる。

だが、千影の指先が電話やメールのアイコンに触れることはない。

何も言われていないが、料金は相手が払っているのだろう。

無意味なものに出費を続けさせるのは気が咎める。

使わないのなら、返すべきだ。分かっている。

分かっているのに、千影の指先はディスプレイの上から離れずにいた。

突然、画面が見慣れぬものに変わったのはそのときだ。

表示された「穂積 真昼」の名前にぎょっとしたのも束の間、目的もなく動いていた指が「通話」に触れた。

「え? あ、これ電話か」
『――――』
「あ、あの、はい。もしもし」

受話口から聞こえた音に、慌てて耳を当てる。

応答の声が動揺で引っくり返った。

穂積とは昼間、碌鳴館で話をしたばかり。

互いに仕事があって、昼食を共にするだけで別れたが、それだけで満足だった。

まさか、電話をもらえるとは。

初めて役目を果たした専用機に、千影の心臓はドキドキと高鳴った。

『千影』
「は、はい。どうしたんですか、いきなり」
『今、どこにいる』
「どこって、部屋ですけど……」

挨拶もなしに問われ、内心で首を傾げる。

時刻はすでに深夜だ。

いくら仕事の多い生徒会でも、この時間まで碌鳴館に居残ることは滅多にない。

終わらないものは寮に持ち帰り、日付が変わる前には碌鳴館を施錠するのが暗黙のルールとなっている。

寮の食堂も営業を終えているのだし、改めて確認をせずとも居場所は分かるだろう。




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