◆※




彼の唾液ですっかり濡れたシャツは、ピンッと存在を主張する尖りの艶めかしい色を隠してはくれない。

真っ赤に熟れた乳首に、穂積は強く齧りついた。

「いっ……ぁ」

痛みに悲鳴を上げるより早く、舌先が宥めるように先端を舐る。

穂積の唇が吸いつく間にも、スラックスの内側が窮屈になって行きチャックの金具の冷たさを感じる。

これまで組み敷いて来た相手と同じように、甘ったれた嬌声を上げてしまいそうで、仁志は必死で唇を噛み締めた。

「やれば出来るじゃないか。そのまま大人しくしてろ」

喉の奥で笑う穂積を睨みつけるも、鋭い双眸には誤魔化すことの出来ない欲望の色がある。

楽になりたい。

快感に屈服する想いが脳裏を掠め、仁志は慌ててそれを打ち消した。

いくらなんでも、穂積の手によって果てるのは嫌だ。

この男に終わりを見届けられたら、仁志は立ち直れない。

この先、二年間は同じ校舎で過ごすのだ。

生徒会長の穂積の隣りには、副会長の綾瀬がいるはず。

穂積と顔を合わせるたび綾瀬に顔向け出来ない記憶が蘇り、綾瀬と顔を合わせるたびに穂積に味わされた屈辱が頭を占めることになれば。

考えただけで絶望感が押し寄せる。

それでも哀しいかな。

体は与えられる快楽に従順で、蓄積されて行く熱量は増すばかりだ。

仁志の抵抗はないと判断したのか足を押さえていた穂積の手が外され、放置されていた方の胸に悪さが仕掛けられた。

きゅっと乳首を摘まれ甘く捻られると同時に、もう一方を舌で嬲られる。

「はっ、く……」

スラックスを押し上げる部分を激しく揉み込まれ、ぐちゅんっと粘った音が鳴った気がした。

一気に苛烈になった淫らな制裁に、仁志は理性の限界を感じた。

綾瀬に恋をしてからというもの、適当な相手を見繕うことは激減した。

自分で処理をすることもあったがごく稀で、久々に感じる他人の体温にこれ以上耐え続けるのは不可能だった。

情けないと思う余裕もなく、ほとんど叫ぶように口を開いた。

「俺が何かしたなら土下座でもなんでもやってやるからマジでこれ以上はやめろバ会長っ!!!」

一息に言い切るや、更衣室に沈黙が落ちる。

昂ぶった体を落ちつけようと荒い呼吸を繰り返す仁志は、すっと立ち上がった穂積を気だるげに見上げた。

着衣に僅かの乱れもない男は、魔王さながらの表情でにやりと笑う。

「その言葉、忘れるなよ」
「あ……?」
「シャワー室は向こう、ロッカーの中に着替えがあるから使え」
「会長?」
「それをどうにかしたら碌鳴館まで来い。人手が足りないんだ、早くしろよ」
「お、おい!」

一方的に言葉を続けた男は、そのまま更衣室を出て行こうとする。

軽い混乱から思わず呼び止めると、穂積は再び意地の悪い目で仁志を一瞥。

「なんだ、最後まで面倒を見て欲しかったのか?」

嘲るような物言いに、仁志の中で燻ぶる熱が別の意味で火を噴いた。

「っざけんなアホが!」

満足げな笑い声を上げて弓道場を出て行った穂積を追いかけるのは、これから約三十分後のこと。

仁志が迷子であると察していたのか、携帯電話には碌鳴館までの詳細な行き方が記されたメールともう一通。

『土下座で謝れ』のタイトルがついたメールの添付画像を開いた仁志は、穂積の怒りの理由をようやく知った。

ぐしゃぐしゃに踏みつけられた数枚の書類が、すべての始まりだったのである。


fin.




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